50.白井権八 土山駅(『双筆五十三次』:初代広重、三代豊国) 

「権八小紫物」

目録には「白井権八土山駅」の文字。白井権八とは人形浄瑠璃や歌舞伎の登場人物で、実在した浪人、平井権八がモデル。平井権八はもと鳥取藩士で、父の同僚を殺害したため脱藩して江戸へ逐電。吉原で遊女小紫と深い仲となり、遊興費を得るために日本で通行人を殺して金品を奪い、その咎で鈴ヶ森にて処刑さる。人形浄瑠璃や歌舞伎ではこの事件を題材とした「権八小紫物」の系統が形作られた。幡随長兵衛との出会いが描かれる「鈴ヶ森」の場は、美大夫節「目黒山比翼塚」に始まり、現行では鶴屋南北作「浮世柄比翼稲妻」中の鈴ヶ森の場がしばしば上演される。また平井権八が大坂で自首し、江戸へ護送される間に藤沢で網駕籠を破って逃走したという伝承があり、歌舞伎でも駕籠破りをする権八の演出がある。本図の権八は三代目尾上菊五郎を思わせる風貌で描かれているが、菊五郎はこの役を何度か演じており、駕籠破りの演出の記録も残っている。本図が土山宿と結びつけられているのは、土山宿周辺の鈴鹿の地名と鈴ヶ森をかけているものと思われる。

風景解説

雨が山道に降り注いでいる。暗く描かれた山間に見える川の流れは、土山宿付近を流れる田村川。斜面に生い茂る木々がシルエットで描かれているのが印象的。急勾配の山道を登っていく旅人が数人描かれ、駕籠に乗っている人も見える。広重は、『保永堂版』でも土山宿で薄暗い雨の光景を描いた。伊勢湾から吹きあげる風の影響により、このあたりは雨が多く、「坂は照る照る鈴鹿は曇る、あいの土山雨が降る」という馬子唄で有名。土山宿は東海道四十九番目の宿場町。多賀神社へ通じる御代参街道の分岐点であり、交通の要衝として栄えた。宿場の東には坂上田村麻呂を祀った田村神社があり、田村川の名もそれに因むものと思われる。

参考文献

渡邊晃『謎解き浮世絵叢書 三代豊国、初代広重 双筆五十三次』(二玄社・2011)

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