8.平塚給仕 女(『双筆五十三次』:初代広重、三代豊国)
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人物解説
本図は旅籠屋での給仕の様子を描いたものと考えられる。旅籠屋とは街道の各宿場に置かれた、朝晩の食事をだす宿の事。本図の題材である平塚宿には天保14年(1834)の記録では54軒の旅籠屋があった。宿場町には旅籠屋だけでなく、より安価に泊まれる木賃宿もあり、こちらは米などの食材は客の持ち込みで、まき代を払って調理してもらえる仕組みとなっていた。本図に描かれた膳の上の料理は、飯碗や汁椀、煮物などを入れる平碗、魚の乗った皿、漬物などを入れる小皿が並べられている。
風景解説
画面左上には「馬入川 舟渡」とある。ここは平塚宿の東側を流れる馬入川。山中湖を水源とする川で、上流では桂川、下流では馬入川と呼ばれている。この川は舟渡で、図にも舟で対岸の平塚宿側へ渡っている旅人たちの姿が確認できる。画面左の対岸には、平塚宿へと続く集落が見えている。遠景に目を転じると、中央に描かれるのが富士山、その右側に描かれる角ばった山が大山もうでで有名な大山。平塚宿は東海道七番目の宿場町。ちょうど女性や老人などの足で二日目にたどり着く距離にあり、多くの人がここで一泊した。
〈参考文献〉
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