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1.0 「仮名手本忠臣蔵」梗概

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「仮名手本忠臣蔵 十一段続」 
 
豊国〈3〉 大判/錦絵 役者絵・通し絵
出版:嘉永7年(1854)11月 江戸 (見立)
立命館大学ARC所蔵 arcUP4023-4025
【前後期展示】.
 
■解説 
 本図は、タイトルに十一段続とあるようにストーリ全体がこの作品で順を追ってみていけるように描いた作品である。物語は11の場面に分けられており、1段目、2段目…11段目、のように段という区切りで呼ばれている。ここでは各段の大まかなあらすじを紹介してみよう。
 
◆初段(大序):
高師直は塩冶判官の妻顔世御前に対して恋心を抱く。嫌がる顔世にしつこくする師直を見て、桃井若狭之助がその場をたしなめると、師直は若狭之助に対して侮辱や暴言を吐き、次第に険悪な仲になっていく。
 
◆二段目:
塩冶家の家老である大星由良之助の息子力弥が使いとして桃井家へとやってくる。力弥は桃井家の家老である加古川本蔵の娘小浪と許婚であった。小浪は力弥に見惚れている。若狭之助は本蔵に師直を討つと告げる。
 
◆三段目:
若狭之助に隠れて本蔵は師直に賄賂を渡す。若狭之助は師直から先日の非礼を詫びられる。判官が師直に顔世からの手紙を渡すが、師直を拒絶する内容であったため嫌がらせをされることになり、判官は師直に斬りかかってしまう。居合せた本蔵が抱留めたため、師直の命に別状はなかった。
 
◆四段目:
刀傷事件の責任を取らされ、判官は切腹する。判官の最期を見届けた由良之助は、役人の命令どおりに城を明け渡す。しかし、仲間たちと師直への敵討ちをすることを誓う。
 
◆五段目:
塩冶家の家臣早野勘平は恋人のお軽と駆け落ちをし、山崎に暮らす。敵討ちの仲間に加わるため金を用意する決心をする。そのためにお軽は身売りしたが、おかるの父が金を持って帰る途中で斧定九郎に惨殺される。定九郎は猪と間違えられて勘平に銃殺され、金は勘平の手に渡る。
 
◆六段目:
勘平がお軽の父を殺したという誤解が生まれ、敵討ちの仲間には入れてもらえなくなる。勘平は切羽詰まって切腹する。しかしその直後、本当の犯人である定九郎を殺したのだとわかり、知らぬ間に敵討ちをしていたと発覚する。
 
◆七段目:
由良之助は師直を欺くために祇園で放蕩する。茶屋の縁側で顔世からの密書を読むが、遊女になったお軽と師直側についた九太夫に盗み見されてしまう。お軽とその兄平右衛門の心意気を見て、由良之助は二人に敵討ちをさせることにする。
 
◆八段目:
小浪と母戸無瀬は力弥との縁談のために山科へ向かう。
 
◆九段目:
判官の一連の事件により、小浪と力弥の縁談は破綻してしまう。しかし、本蔵の命と引き換えになら結婚が許されるとの答えに、本蔵はわざと力弥に自分の命を狙わせ、自分を犠牲にして娘の結婚を実現させる。
 
◆十段目:
由良之助たちに武器を流通する義平のもとへ役人がやってくる。敵討ちの手伝いをしている疑いをかけられるが、断固として否定する。その様子を見て、役人のふりをしていた由良之助らは騙したことを詫びて、義平の忠義をたたえる。
 
◆十一段目:
由良之助らの義士たちは師直の館へ討入る。師直は逃げるが、炭小屋の中から発見され、義士たちによって殺される。こうして判官の無念は晴らされ、敵討ちが終結するのであった。
(小笠原a)
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1.01.1 物語の始まり

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「仮名手本忠臣蔵」  「大序」
「高ノ師直 市川左団次」「塩冶判官 中村翫雀」「足利直義 市川子団次」「顔世御前 嵐大三郎」 「石堂右馬元 尾上菊五郎」「桃井若狭之介 坂東彦三郎」 
 
猛斎 大判/錦絵 役者絵 
明治8年(1875) 3月19日東京・新富座
「天満宮国字掛額」
立命館ARC所蔵 arcUP5405-5407
【前後期展示】.
 
■解説
  「大序」とは歌舞伎の第一幕のことを言うが、現在では一般的に大序といえば「仮名手本忠臣蔵」一段目「鶴岡兜改めの段」を指している。開幕前、口上人形が役人替名を述べる際に、登場人物たちは人形身として皆下を向いて人形のように動かず、名前を呼ばれて初めて息を吹き返したように動き始める。これは原作である人形浄瑠璃へ敬意を払い、形を残したものであるとされる。
 
 将軍足利尊氏の命によって弟直義は討ち取った新田義貞の兜を奉納するため、鎌倉鶴岡八幡宮に参詣していた。そこには足利氏の執事職である高師直、直義の饗応役として桃井若狭之助と塩冶判官、その妻顔世御前が控えている。四十七の兜の中から新田義貞のものを選び出す大役を任された顔世は、見事蘭奢待の香る新田義貞の兜を選び出し、その役目を果たしたのだった
 
 なお、この時の興行は、「菅原伝授手習鑑」と「仮名手本忠臣蔵」をテレコで上演した作品のため、「天満宮」(菅原)「国字」(仮名)という外題となっている。(藤井a)
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1.01.2 師直の横恋慕

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「大序」
「高の師直 坂東亀蔵」「かほよ御せん 沢村田の助」
 
豊国〈3〉 大判/錦絵 役者絵
上演:文久2年(1862)3月17日江戸・中村座
興行名:「仮名手本忠臣蔵」
場名:「大序 鎌倉鶴ヶ岡の段」
立命館大学ARC所蔵 arcUP1955
【前期展示】.
 
■解説
 仮名手本忠臣蔵のすべての始まりは、高師直から顔世御前への「恋」であった。この浮世絵は、人妻である顔世の美しさに惚れた師直が顔世に強引に付け文を渡す場面である。幕府の重役である師直の求愛に対して顔世は夫判官への影響を恐れて断るに断れない状況である。さらに師直から塩冶判官を殺すも生かすも顔世の心次第だと追い打ちをかけられ涙ぐむ。ここから人妻であっても自分のものにしようとする非常に傲慢で高圧的な師直の人物像が読み取れる。また、顔世が持つ色気と品格によって顔世の女性らしさ、男と女というはっきりした構図をみることができる。

 師直の横恋慕によって始まった物語は、様々な家を巻き込み、人間関係を狂わせていく。忠臣蔵物語は単なるお家騒動1だけではなく、「恋」を一つのテーマとして、それに翻弄される人間群像を描き出していると言えよう。(藤井a)

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1.01.3 若狭之助の無念

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「忠臣蔵 大序」
 
広重〈1〉 大判/錦絵(横) 物語絵
出版:弘化2年(1845)頃 江戸
立命館大学ARC所蔵  arcUP1173
【後期展示】.
 
■解説
 師直に強引に言い寄られ困惑する顔世の所へ、機転を利かせた若狭之助が割り込む場面である。二人の時間を邪魔されて苛立つ師直は誰のお陰でお前のような身分の低いものに俸禄があると思っているのだと口汚く若狭之助を罵る。あまりの侮辱の言葉に耐えきれず若狭之助は刀を手にかけ鞘口を握りしめるが、ここは神前。今すぐにも刃傷に及ぶところであったその時、「還御ぞ」の言葉とともに直義が帰館のため通りがかり、師直への無念を抱いたまま持ち越しとなった。ここで刃傷に及ばなかったことが二段目へと続く、家々を巻き込んだ復讐劇の始まりとなるのである。(藤井a)

1.02.1  動き始める人々

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「仮名手本忠臣蔵 二段目」
「となせ 中村千之助」「力弥 片岡我当」「小なみ 実川延三郎」「若狭之助 市川滝十郎」「本蔵 中むら雀右衛門」
 
芳滝 大判/錦絵(横) 役者絵
出版:慶応1年(1865)・大坂(見立)
立命館大学ARC所蔵 arcUP2886
【後期展示】.
 
 ■解説
 二段目は現行の歌舞伎では上演されないが、三段目へ続く背景と、九段目の伏線となる小浪と力弥の恋が描かれている重要な場面である。特に桃井家の家老、加古川本蔵の動きに注目する。
 
 翌日、桃井家では当主の若狭之助が高師直に侮辱され、口論した事件が噂になっていた。桃井家の家老である加古川本蔵は家の不穏な空気を感じ、それをいさめる。そこへ塩冶判官の国家老である大星由良之助の息子・力弥が判官の口上を伝えるために参上した。この力弥と本蔵の娘・小浪は許嫁の関係である。本蔵と妻・戸無瀬は気を利かせて小浪に力弥の口上を受け取らせようとするが、力弥に見惚れて返事もできない。力弥が帰った後、若狭之助は明日師直を斬るつもりだと本蔵に打ち明けた。家老としては反対する立場だが、「サア殿まつこの通りにさつぱりと遊ばせ/\」と松を切り捨てて逆に賛成してしまう。若狭之助が奥に入ると、馬に乗り、家族の制止も聞かずに颯爽とどこかへ駆け出していく。この本蔵の真意は三段目で明らかとなる。
 
 ここでは力弥と小浪の様子を戸無瀬が襖の影から見守る場面を手前に、本蔵の松切りの場面を奥に描いている。小浪の少し子供っぽさが残る初々しい恋心と好青年力弥、大序のかほよと師直の大人の恋愛に対して、若い二人の美しい恋が描かれている。(藤井)

1.02.2 揺れる心、固まる決意

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「仮名手本忠臣蔵 二段目」
「桃井若狭之助 実川延三郎」「となせ 坂東寿太郎」「加古川本蔵 中村七賀助」「小なみ 尾上多賀之丞」「大星力弥 中村福助」
 
芳滝 大判/錦絵 役者絵
上演:明治7年(1874)頃 大阪・京都 
「忠臣いろは文章」ヵ
立命館大学ARC所蔵 arcUP2383
【前期展示】.
 
■解説
 同じく、二段目の(力弥使者の段)(松切りの段)二つの場面を描いたものである。
本来の歌舞伎では力弥と小浪が対面しているのを、芳滝は小浪が力弥を流し目で見上げる上下配置にしているのが二段目を描く浮世絵の中では珍しく、印象的である。こうすることで芳滝は少し色気を纏った微妙な年代の恋を描き出したのだろう。
 師直を斬る決意を打ち明けるという真剣なシーンの中、松を切った本蔵に満足し笑みを浮かべる若狭之助にしたことも面白い。また5人の大きさはほぼ同じにも関わらず、奥行きがあるのは建物の間取り配置をコの字で立体的に演出しているためである。
 この2枚はどちらも芳滝によってまったく同じ場面が描かれた浮世絵だが、こちらのほうがより変わった視点で描かれている。(藤井a)

1.02.3 松斬りの庭

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 「仮名手本忠臣蔵 二段目」
 
北斎 大判/錦絵 物語絵
出版:文化3年(1806)頃 江戸
立命館大学ARC所蔵 arcUP1716
【後期展示】.
 
■解説
 北斎は遠近法を駆使した風景画を得意とし、またその中に何気ない日常生活やちょっとした遊び心を忍ばせることが多かった。
 奥の方に見えるのは鳥居と2人。浄瑠璃集冒頭「空も弥生の。たそかれ時。桃井若狭之助安近の。館の行儀掃き掃除。」より、二人は掃き掃除をしていると思われる。p.169・9行目「刀の役目弓矢神へのおそれ。」とあり、解説には、「弓矢の道の守誰神、即ち軍の神。伊勢貞丈は『軍神問答』に「問云、軍神と武神の弓矢神と差別如何、答云、武道を弓矢の道と云、武士を弓取と云、弓矢の道は軍の為也、其称は三つにかはれども、其実は差別なし」という。貞丈によれば、弓矢神は大和国三輪大明神、常陸国鹿島大明神、下総国香取大明神の三神であるが、源氏の祭神八幡大菩薩を軍神とする考え方が一般的であった。」とある。()

1.02.4 小浪と力弥 初々しい恋心

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「仮名手本忠臣蔵 二段目」 
 
国貞〈2〉 大判/錦絵 物語絵
出版:嘉永4年(1851)頃 江戸
立命館大学ARC所蔵 arcUP1987
【前期展示】.
 
■解説
 桃井若狭之助家に判官の使者として力弥が遣わされてきた。本蔵や母・戸無瀬は力弥に惚れている娘・小浪のため、持病を理由に小浪に力弥の口上を受け取らせる。力弥は明日午前4時頃に登城する旨を伝えるが、流れるような力弥の言葉やその態度に見惚れてしまい返事もできないほどである。
 図からは、恥ずかしさのあまり力弥を直視できない小浪の様子が伺える。また、隣のふすまの影から娘を見守る母の姿がある。

1.03.1 家老としての配慮

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「忠臣蔵」 「三段目」
 
広重〈1〉 大判/錦絵(横) 物語絵
天保前半(1830~35)頃
立命館大学ARC所蔵 arcUP4647
【前期展示】.
 
■解説 
 師直とその家来・鷺坂伴内は本蔵が先日の事件の報復にやって来たのだと身構えるが、なんと本蔵は巻物など様々な進物を差し出してきた。自分の主人が直義饗応役を務めることができたのも全て師直様のお取りなしによるものであると丁重に挨拶したのである。二段目の最後、本蔵が家族にも黙って夜中に馬を走らせたのは、賄賂を渡すことで師直と主人若狭之助が大事にならぬようにするためであったことが明らかとなる。前日に松を切って主人に報復を勧めたのも、実は松を切ることで刀にヤニを付け、抜きにくくしたとされている。まだ若く、少々短気な主人の性格を熟知した上で、問題をうまく収められるように先手を打って行動した家老・本蔵は只者ではない人物である。しかし、この計らいによって後に師直の矛先は若狭之助から判官へと向かい、物語の中心は桃井家から塩冶家へと舞台を移していく。(藤井)

1.03.2 標的の転換

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 「仮名手本忠臣蔵 三段目」
「おかる 大谷友松」「早の勘平 実川延若」「本蔵 関三十郎」「伴内 中村仲助」「師直 市川小団次」「判官 市村家橘」
 
芳滝 大判/錦絵(横) 役者絵・上方絵
出版:慶応1年(1865)、大坂
立命館大学ARC所蔵 arcUP2887
【後期展示】
 
■解説
 右側にはお軽・勘平・伴内、左側にははなだ色の大紋を着た師直が判官に詰め寄る場面が描かれている。 
 新しく建てられた御殿には直義をもてなすため、師直や判官、若狭之助をはじめ役人や武家が参上する中、顔世の腰元おかるは師直宛の返事が入った顔世の文箱を携えて御殿へ来ていた。先日の若狭之助と師直の対立を考慮し、顔世は返事を書くつもりは無かったのだが、判官の家来早野勘平に逢いたいお軽が無理を言って返事を書かせたのである。この文箱を判官へ渡すよう伝えると、門内より勘平を呼ぶ声がする。勘平が去ると入れ違いでやってきたのは鷺坂伴内である。先ほどの声は伴内のしわざであった。お軽に横恋慕している伴内が口説くが、今度は伴内を呼ぶ声によって仕方なく去るのだった。そして現れた勘平とお軽、恋仲の2人は逢瀬のため人気のない場所に消えていくのであった。しかし後にこの軽率な逢瀬が二人を苦しめることになる。
 
 御殿では若狭之助がおのれ師直真っ二つと刀に手をかけ師直を待っていた。しかし師直は若狭之助を見るなり鶴岡八幡宮での過言を詫びる。本蔵の裏工作を知らない若狭之助は低姿勢な謝罪に拍子抜け、刀を抜くことができず大事になることはなかった。本蔵も賄賂が効いて一安心する。プライドの高い師直が機嫌を損ねていたところに塩冶判官が顔世からの返事を渡すが、そこには師直を拒絶する和歌が書かれていた。嫉妬と怒りで判官を井戸の中の鮒に例えて笑うなど悪口雑言を浴びせる場面である。
 
 この芳滝の図では二つの場面を斜め半分に分けて描くが、登場人物たちが皆右を向かせることで自然に右から左の場面へと目を移すことができる。二段目の芳滝の図でも右を向かせることが多い。(藤井)
 
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