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1.09.1 婚儀の難航

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「仮名手本忠臣蔵」 「九段目」

貞信〈1〉 大判/錦絵 芝居絵
出版:嘉永((1850)頃 大坂
立命館大学ARC所蔵 arcUP3873
【前期展示】.
 
■解説
 舞台は京都山科の大星由良之助の邸である。雪の降る場面で、雪が効果的に用いられる。
 画面奥の縁側に座り、家の者たちと雪遊びをしているのが由良之助である。彼は祇園からの帰り道、雪を転がして大きな雪玉を作りながら戻る。その場面から、雪転しの段という。
 さて、力弥との祝言を切望する母娘二人はようやく彼らの屋敷に到着した。座敷に通された二人は、由良之助の妻お石と面会する。戸無瀬がお石に祝言を挙げさせたいと申し出ると、案の定お石は二人は釣り合わないからどうぞ他の人を探してくれと棄却した。戸無瀬は家の位など関係ないと反論するが、お石は、師直に賄賂を贈った桃井家臣と、最期まで師直に屈しなかった塩冶家臣では釣り合わないと言い放ち奥の間へ下がってしまった。長旅の末のこの結末に、小浪は泣き出し、前途を祝してくれた本蔵のもとへも申し訳なさで帰るに帰れず、母娘二人で自害しようとする。すると、表から虚無僧の尺八が奏でる親子の情愛を描いた曲「鶴の巣篭り」が聞こえてくる。
 画面中央に座るのは小浪、彼女に刀を突き付けているのが戸無瀬。緊迫した状況をこっそり隣の部屋から見守るはお石である。小浪は白地の縫箔を着ていることから、白無垢の伝統的な嫁入衣装を身にまとっている。そして、これは七段目でも、お軽と平右衛門に同じような構図が見て取れることに気付くであろう。一つ違うのは、画面左端に描かれた虚無僧であり、これが実は、道中、身をやつして妻と子を見守ってきた本蔵本人であったのだ。(小笠原a)
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1.09.2 虚無僧の正体

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「浮絵忠臣蔵」 「九段目」
 
国直 大判/錦絵 物語絵・浮絵
出版:文化8年(1811)頃 江戸
立命館大学ARC所蔵 arcUP3270
【前後期展示】.
 
■解説
 物語の続きはお石が自害しようとする二人を止めたことにつながる。彼女の待てという声に合わせて尺八の音色は止んだが、二人は自害をやめようとしない。そしてまた同じ音色が聞こえだす。再度待てと制止してようやく二人は自害をすることをやめた。お石は二人の熱い志を感じ取り、並々ならぬ覚悟に感服して息子の力弥と祝言を挙げさせようと申し出る。しかしそれには条件があった。その条件とは、塩谷の自刃のきっかけとなった本蔵の首がほしいと言うのであった。これもまたお石にとっての敵討ちで、憎むべき相手への復讐なのであった。この要求に母娘二人は途方に暮れる。
 そこへ、表の虚無僧が中へと入ってきた。編笠を脱いだ顔を見れば、本蔵本人であった。彼は放蕩している由良之助の息子である力弥には娘を嫁がせることはできない、この命差し出すことはできないと言って、小浪と戸無瀬を制し、お石を押さえつける。それに怒って飛び出してきた力弥の槍に脇腹を刺され、本蔵は動けなくなる。そこへ奥から出てきた由良之助が、本蔵は娘を結婚させるためにわざと力弥に刺されたのだと見破ったのであった。
 この絵では槍をもった力弥、それに刺される本蔵を中心に、父を止める小浪と戸無瀬、お石、そして由良之助の核となる人物がすべて描かれている。本蔵の首を載せるための台は見事に砕かれ、投げ捨てられた編笠と尺八が虚無僧の正体を物語っているのである。(小笠原)

 

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1.09.3 家族との別れ

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「忠臣蔵」 「九段目」
 
広重〈1〉 大判/錦絵 物語絵
出版:不詳、江戸
立命館大学ARC所蔵 arcUP4653
【後期展示】
 
■解説
 この絵は手前の庭に出ている大星家と、奥の屋敷内にいる加古川家の二つの家族が描かれている。顔をあげているかなど、手前と奥で対比したように描かれているのが特徴である。
 屋敷で本蔵は、師直からの嫌がらせによって若狭之助が彼に恨みを抱いていることを知り、主君に相談せずに独断で師直の機嫌取りに賄賂を贈ったことなどを話し始めた。自分が賄賂を贈ったために師直の嫌がらせが塩冶に向いてしまったこと、そのせいで人情沙汰が起こり、判官の切腹と塩冶家のお取り潰しを招いてしまったことを心の底から申し訳なく感じていた。しかも、そのせいで娘の結婚が難航するとなっては本当に心苦しくて仕方ないので、せめてもの申し訳に力弥にこの首を差し出して何とか考え直してもらおうとしたのである。
 この絵の中でお石の少し奥に雪で作られた二つの五輪塔が並べられている。これは由良之助と力弥の墓のつもりで作ったものだと由良之助は語る。そんな彼の覚悟を見た本蔵は師直邸の絵図面を渡す。由良之助はすぐさま討入りの準備にと堺へ旅立つことにしたが、本蔵の使用した虚無僧の衣装に変装する。そして間もなく本蔵は事切れるのであった。そんな娘を思う父の命と引き換えに、力弥と小浪はめでたく結ばれるのであった。
 加古川家は目の前で父親が息を引き取り、周りは故人との別れを嘆き悲しむ。また大星家は仇討によって命を落とす可能性があるため、生きて会えるのは最後であるかもしれないと、旅立ちと別れを惜しんでいる。どちらの家族も父親の別れがテーマになった絵であると言えるのである。(小笠原)
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