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2.3.00 大星家と加古川家

  大星由良之助の息子力弥と加古川本蔵の娘である小浪は許嫁で相思の仲であった。「仮名手本忠臣蔵」では三つの恋が展開されるが、その中で最も幼く、そして切ないのがこの二人の恋である。さらに二人の家族をも巻き込んで運命の歯車が狂っていく。
 本蔵が塩冶判官を抱き留めたことで、師直への刃傷は未遂に終わり、塩冶判官の無念はこの地に止まることになる。塩冶家は御家断絶という結末を迎えるが、これにより、力弥と小浪の縁談は自然と破談となり、大星親子は、討入りへと駆り立てられていく。
 主君を思う家老であり、また子供を持つ親という似たような立場である由良之助と本蔵の二人。しかし、由良之助は忠義の為に命を捨てようと決意し、一方で本蔵は子供の為に命を捨てる。二人はまさに鏡のような存在であり、本蔵のセリフにもあるように、どちらの立場にもなり得たのである。
 そして、本蔵の死と引き換えに力弥と小浪の恋を成就することになるが、夫婦として過ごせるのはたった一夜だけ。戸無瀬は夫を失い、また由良之助も討入りに向けてその本蔵の着ていた虚無僧の衣装を身につけ、本蔵の魂共々準備のために旅立っていく。二段目から始まり、八段目、九段目と続いた二つの家族の物語も、ようやく終焉を迎えるが、二つの家族はそれぞれ悲しみを抱え、家庭崩壊という虚しさの残る結末となる。(a)

2.3.01 恋する二人

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「二段目」  「大星力弥 沢村田之助」「小なみ 沢村訥升」

豊国〈3〉 大判/錦絵 役者絵
上演:文久2年(1862)3月江戸・中村座
「仮名手本忠臣蔵」
立命館大学ARC所蔵  arcUP1956
【前期展示】.

■解説
 力弥と小浪。二人の初々しい恋の様子は、敵討ちを主題とする「忠臣蔵」の物語に、華やかな色を加える。「仮名手本忠臣蔵」の魅力はこうした脇の設定によるところが大きい。
 そして、「恋」が物語の重要なキーとなっている。事件は、すべてのことが恋から始まり、悲劇を生んでいるのだ。恋は三つ描かれているが、悲恋と呼べるのは力弥と小浪の恋であった。
  許嫁の力弥と小浪は相思の仲であったが、父親が捲込まれた刃傷事件の波紋により、二人の運命は暗転していく。二人の恋は二つの家族をも巻き込んで、崩壊の道筋へと向かっていく。 (A.Ya)

2.3.02 両家の衝突

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「仮名手本忠臣蔵 九段目ノ下」
「娘小浪 尾上多賀之丞」 「となせ 嵐璃寛」「大星力弥 中村駒之助」 「加古川本蔵 実川八百蔵」「於いし 片岡松太郎」「大星由良之助 尾上多見蔵」

芳滝 中判/錦絵 6枚続 役者絵
上演:明治7年(1874)5月大阪・角
「仮名手本忠臣蔵」
立命館大学ARC所蔵 arcUP1117-1122
【前後期展示】.

■解説
 この浮世絵は、横に六枚つなげることで大きな一枚として完成する。加古川家、大石家という家老職の二つの家が捲込まれて事件を描くのに相応しいワイド画面を提供している。
 本蔵は、お石を組み敷き、その後「力弥は居らぬか、力弥はいかゞした」と力弥を挑発する。母を足蹴にされた力弥は、母が取り落とした鎗を取るやいなや、すばやく本蔵を突き刺した。本蔵は一声上げてその場に倒れこむ。どうすることもできない戸無瀬と小浪。止めを刺そうとする力弥。そこを由良之助が引留める。
 本蔵はなぜ、自ら力弥の手にかかったのか、またその前になぜ由良之助は止めなかったのか。由良之助は、すでに本蔵の意図を察していたのである。(A.Ya)

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2.3.03 力弥と小浪、最後の逢瀬

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「道化忠臣蔵」
「九段目」「本蔵」「力弥」「小なみ」

芳艶 中判/錦絵 戯画・物語絵
出版:嘉永年間(1848~1854)頃
立命館大学ARC所蔵 arcUP2667
【後期展示】.

■解説
 本蔵が命を落とした後、力弥と小浪は二人でいられる最初で最後の夜を迎える。一方、由良之助は本蔵が着ていた虚無僧姿を借り、討ち入りの準備を整えるために堺の天河屋義平のところへと旅立っていくというのが、九段目の段切れである。
 しかし、本作品は、虚無僧が本蔵であるため、段切ではない。本蔵が到着すると、本来婚儀を拒絶されているはずの小浪は、受入れられて力弥と睦まじく手遊びをしている。もしも、仮にすんなり受入れられていたならば、本蔵はどんな反応となるのかという、悪ふざけの戯画である。
 また、原作では二人はまだ若いながらも一晩だけの契を結ぶことになるが、若い二人にとって最初で最後の夜という意味は、こんなことでなかったかというユーモアで描いた作品でもある。そして、忠臣蔵という事件は、こうしたあどけない二人の関係すら破壊してしまったのだという見方もできるだろう。(A.Ya)

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