赤穂事件における旧赤穂藩浅野家中のリーダーであった大石
内蔵助良雄
は、『仮名手本忠臣蔵』においては大星由良之助良金の名で登場します。
しかし、物語の序盤、大序から三段目までは大名間の対立の構図の中で展開するため、まだ出番はありません。大序では、足利家の執事高師直(こうのもろなお)と、下向してきた足利直義を迎える御馳走役桃井若狭之助の対立があらわとなり、二段目では若狭之助が家老加古川本蔵に師直を討つ決意を打ち明けます。そして三段目の冒頭、本蔵は家の大事を未然に防ぐため師直に賄賂を贈ります。賄賂の効果もあって師直は平身低頭して謝り、若狭之助は刃傷には至りませんでした。ところが師直は今度は塩冶判官に八つ当たりして悪口雑言を浴びせます。「鮒侍」とまでののしられて堪忍袋の緒が切れた判官は師直に斬りかかってしまいます。しかし、判官は居合わせた本蔵に抱き留められてとどめを刺すことができず無念さが残ります。また、本蔵が師直を抱き留めたことにより、子どもが許婚(いいなづけ)の関係にあった塩冶家家老大星家と加古川家の間にわだかまりが生じることとなったのです。
いよいよ由良之助が登場する四段目となります。刃傷事件を起こした判官は自邸に幽閉されています。そこへ2人の上使がやってきて判官に切腹を命じます。判官は時間をかせいで由良之助の到着を待ちますが、ついに待ちかねて刀を腹に突き立てたところで、ようやく国元伯州から由良之助が駆けつけてきます。判官は由良之助に「この九寸五分は汝へ形見」と言って切腹の短刀を託し、「わが鬱憤を晴らさせよ」と無念の思いを伝えます。判官の葬送が終わり館を後にするとき、由良之助は判官形見の短刀を懐から取り出して見つめ、仇討ちの決意を胸に刻みます。
五段目・六段目は、主君大事の時に居合わせなかった責任を感じて恋仲おかるの郷里山崎に落ちのびていた早野勘平の悲劇が描かれます。由良之助は登場しませんが、由良之助を首領として亡君の石碑建立の名目で密かに討入りの計画が進められているという状況が説明されています。また、勘平は死のまぎわに舅(しゅうと)殺しの疑いが晴れ、46人目の同志として連判状への血判が許されます。
七段目は、うってかわって祇園の揚屋一力茶屋の華やかな場面。由良之助は敵方をあざむくために放蕩ざんまいの日々を送っています。師直のスパイになっている元塩冶の家老斧九太夫と鷺坂伴内、寺岡平右衛門を供に千崎弥五郎ら同志3人が由良之助の本心を確かめにやってきますが、由良之助は酔った体で取り合いません。平右衛門も仇討ち加盟の嘆願書を渡そうとしますが受け取ってもらえません。寝入ったふりをする由良之助のもとへ、嫡男力弥が亡君奥方顔世からの密書を届けます。そこへ九太夫が現れて酒宴となります。九太夫は亡君の逮夜〔命日前夜。厳しい精進が求められ、生物を食べるのはひかえられた〕と知りながら由良之助に蛸肴を食べさせたり、錆びた刀を持っているのを見て安心しますが、なおも確かめるため縁の下に入ります。由良之助は、あたりに誰もいないのを確認して密書を読み始めますが、2階座敷の窓際にいたおかるが延鏡に映して盗み読み、さらに読み垂らした手紙を縁の下から九太夫が盗み読みます。おかるが落とした簪の音でそれを悟った由良之助は、おかるに身請け話を持ちかけ殺して口をふさごうと考えます。その後妹おかると再会した平右衛門は、身請け話と密書のことを聞き由良之助の心を見抜きます。ならばおかるを自らの手で殺し、それを手柄に仇討ちの仲間に加えてもらおうとするのです。父と勘平の死を知らされたおかるも兄に斬られる覚悟をします。兄妹の心底を見届けた由良之助は、平右衛門を47人目の同志とし、おかるには縁の下の九太夫を刀で突かせ、亡き勘平に代わる手柄としました。
八段目は、九段目への導入。加古川本蔵の妻戸無瀬と娘小浪の山科への道行き。もともと由良之助嫡男力弥と本蔵娘小浪は許婚でしたが、刃傷事件とその際本蔵が判官を抱き留めたことで、小浪の嫁入りは困難な状況でした。それでも小浪は一途に力弥を思い、戸無瀬はなんとか望みをかなえてやりたいと山科へ向かいます。
九段目は雪の山科、大星閑居。訪ねてきた戸無瀬と小浪に、由良之助の妻お石は嫁入りを冷たく断ります。絶望した戸無瀬は、小浪を殺して自害しようと刀を振り上げた時、門口に現れた虚無僧が尺八で「鶴の巣籠り」の曲を吹きます。すると奥からお石が「ご無用」と厳しい声をかけます。戸無瀬が再度刀を振り上げると、また尺八の音が響き「ご無用」の声がかかります。お石が現れ、力弥との祝言を許すかわりに本蔵の首を引出物として差し出すよう迫ります。そこへ入ってきた虚無僧は本蔵でした。本蔵はわざと憎らしく大星父子をののしって力弥の槍に突かれます。出てきた由良之助が聟の手にかかったのは本望であろうと言います。本蔵も、桃井家のためにしたことが塩冶家には仇になってしまったことを詫び、引出物として師直屋敷の絵図面を差し出します。由良之助も、親子で死を覚悟の討入りに向かう決意を示し、両家のわだかまりが消え去りました。由良之助は、本蔵の着ていた虚無僧姿に着替え、討入り準備のため堺へ向かいます。
十段目は堺の商人天川屋義平の店が舞台。由良之助から討入り武具の調達を頼まれていた義平は、秘密保持のため、奉公人に暇を出し、女房おそのを親了竹のもとへ帰し、幼な子の由松・丁稚伊吾と3人で暮らしています。九太夫につながる了竹には疑いを持たれないよう去り状まで書いて渡します。そこへ大勢の捕手(実は由良之助の同志)が踏み込んできて武器調達のことを訊問しますが、「男でござる」と言って口を割りません。長持の中から由良之助が現れ、義侠心を試したことを詫びます。由良之助が奥へ入った後、おそのが復縁を願って帰ってきますが義平は許しません。おそのが去ろうとするとき、覆面の男(これも実は同志)が去り状を奪い、髷を切ります。物音に義平が見世先へ出ると、由良之助が出てきて、おそのを尼の姿にしておけば他所へ嫁にやることもできまいと義平に去り状と髷を渡して復縁を促します。さらに、屋号の「天」「川」を討入りの合言葉にすると言って鎌倉へ旅立ちます。
十一段目。刃傷事件を発端とし、多くの苦心と犠牲がはらわれ、主君への忠義、義理と人情の葛藤を乗り越え、長大な物語は大団円を迎えます。降り積もる雪の中、由良之助以下四十六士(霊となった勘平を加えて四十七士)は師直邸に討ち入り、みごと本懐を遂げます。
以上が由良之助の登場する段を中心とする『仮名手本忠臣蔵』のストーリーです。この物語の中で由良之助は、酔っても覚めても心底に覚悟をしっかりと持って旧塩冶家中を統率し、思慮深く、度量の大きな人物として描かれています。
ここでは、由良之助が登場する場面を描いた作品を、物語絵を中心にご紹介します。
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