浮世絵の最大の作画領域は芝居絵・役者絵と美人画であった。幕末のおよそ半世紀の間に広重を中心とする風景画が加わって一大領域を形成するが、江戸時代を通じて、また明治に入っても芝居絵・役者絵と美人画は浮世絵の画題の2大領域であった。 浮世絵師の多くが芝居絵・役者絵を描いた。その背景には、歌舞伎を熱狂的に支持し楽しむ多くの人々があり、彼らがまた芝居絵・役者絵を争うように買い求めたことの証左である。需要と供給のバランスが絶妙に保たれていたがゆえに、歌舞伎と芝居絵・役者絵は相互に密接に連関しあいながら発展してきたのである。 膨大な量と種類が作られた芝居絵・役者絵の中でも、『忠臣蔵』に取材した作品は群を抜いて多い。画面構成や題材としての取り込み方・趣向もさまざまで、多種多彩な表現がなされている。特定の歌舞伎の上演に際して、各役を演じる役者の似顔で舞台の様子を表現したり、人気役者の舞台姿を半身像や大首絵で描いた作品が数多く作られた。また、実際の上演とは関係なく、理想的な配役で描いたものも少なくない。 ここでは、芝居の上演に取材しながらも、その特異な演出を作画に反映させたものや、全段通しでの理想的配役や子ども芝居で描いたもの、登場人物の役柄や代表的なセリフを取り込んだもの、さらに芝居絵ではないが、座敷芸で『忠臣蔵』登場人物の当て振りをする様を描いたものを取り上げた。