浮世絵版画に「おもちゃ絵」と呼ばれる一群がある。文字通り子どものおもちゃとして作られた絵で、絵すごろく、切組燈籠絵、着せ替え絵、かるた絵、ものづくし絵、影絵など種類も豊富で、それぞれに作り手の創意工夫が凝らされている。ときにウイットとユーモアを交えながら軽妙に描かれたおもちゃ絵には役者絵などとは違って、当時の世相や風俗、庶民の嗜好や遊び心が強く反映されている。しかし、実際の遊びの中で切ったり、貼ったり、組み立てたりと消耗されてしまうため、古いものが残ることは非常に稀である。また、上方では、錦絵より安価に制作できた合羽摺の作例が多く見られるのも特筆すべきことがらである。 芝居絵、見立絵、武者絵など幅広いジャンルにわたって浮世絵師たちの恰好の題材であった「忠臣蔵」は、やはりおもちゃ絵の中にも盛んに取り入れられた。さいころを振ってコマを進めながら「忠臣蔵」のストーリーや義士の銘々伝を知ることのできる絵すごろくや、今日のプラモデルやペーパークラフトのように組み立てて芝居の場面を再現する切組燈籠絵、切ってつないで画帖にすることもできるものづくし絵など、多岐にわたっている。まさに人気芝居「忠臣蔵」の面目躍如といったところである。ひるがえって、こういったおもちゃ絵を通じて「忠臣蔵」は子どもから大人まで誰もが知っている人気演目の地位を獲得できたと言えるかもしれない。 一方、江戸では、歌舞伎と直接関係のない、義士銘々の討入り姿や奮闘する様子を描いた武者絵にも大きな需要があり、浮世絵師たちもこぞって描いたが、上方では「忠臣蔵」の武者絵はほとんど描かれていない。