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3.1.10 新版 忠臣蔵十一段続飛回双六

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「新版 忠臣蔵十一段続 飛回双六」

広国 大大判/墨摺絵 絵双六
出版:寛政12年(1800))頃 京都
立命館ARC所蔵 shiUY0199
【後期展示】.

解説
 本作は歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」のストーリーをなぞった絵双六である。右下の「大序」から始 まり、右上の「夜討」で上がりとなっている。それぞれマスには、物語を追う上で欠かせない場面や人気のある場面が描かれている他、サイコロの目と共に進むべきマスが書かれている。また、この絵双六に描かれている登場人物は歌舞伎役者の似顔絵となっており、マスには登場人物名の他に歌舞伎役者名も書き入れられている。
 遊べるだけでなく、当時の人気演目と歌舞伎役者をも楽しめる作品となっている。(M.Oa)

3.1.11 討入双六

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「俳優有馳入双六」

国周 双六/錦絵 役者絵(評判絵)
立命館大学ARC所蔵 arcSP01-0100
※袋アリ
【前後期展示】.

■解説
 この双六は、「仮名手本忠臣蔵」のストーリーから離れて討入だけの場面を描いているが、描かれているのは役者である。幕末期から明治初めにかけて、「役者評判絵」とも呼べる種類の役者絵が売り出されるようになるが、この双六はその趣向を取り入れ、この当時の役者たちとの人気や実力を討入りの時に活躍した義士たちに擬えることで、評価している。一般の双六のようなコマ枠がなく、全体で討入り場面を描き、それぞれの義士を飛回って上りに至る。
 本作には、袋が残っており、今回併せて展示する。(a)

3.1.12 忠臣蔵の柱絵

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「忠信蔵 漆段目」

無款 柱絵/錦絵 物語絵
出版:寛政年間(1790~1800)江戸
立命館ARC所蔵 arcUP5865
【前後期展示】.

■解説
 本図は、七段目の柱絵としては、縁の下が描かれておらず、例外的な図様となっている。手紙を読む男の紋は、二つ巴であり、明らかに由良之助を描いていながら、階上から覗く遊女の手には手鏡はなく、また、縁の下に手紙が垂れているわけでもない。「忠信蔵」と「漆段目」と一文字ずつ違えているのも解釈が難しい。上中下の三人の構図でなくても七段目になり得るという根拠となる事例ともいえるが、慎重に解読する必要があるのかも知れない。(a)

3.2.11 忠臣蔵の「柱絵」

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「忠臣蔵 七段目(やつし絵)」

湖竜斎 柱絵/錦絵 
安永頃(1772~1778)
赤穂市歴史博物館所蔵
【パネル展示】.

■ 解説
 本作は、遊郭の一風景を七段目一力茶屋の場面にやつして描いている。
 手紙を読む由良之助を
遊女に、二階から手紙を読むお軽を、毛抜で身だしなみを整えつつ手鏡で下を覗く若い男に当てている。縁の下の九太夫はここでは奴で描いている。本来九太夫は下に垂れている手紙を覗き込もうとするが、男は遊女の裾の中に関心を示している。元ネタから、より日常生活に近い状態にずらし、ユーモアを加えた作品である。

 七段目一力茶屋の場の、由良之助の手紙を上下からお軽と九太夫が覗き込む場面は、柱絵の画題としてもよく用いられた。
 この極端に縦長の判型で制作された浮世絵を柱絵という。簡易な表装をして柱に掛けて用い、「柱掛」あるいは「柱隠」の別称がある。錦絵時代が始まって間もない明和年間(1764~72)から天明年間(1781~89)が柱絵の最盛期であり、本作の絵師である磯田湖龍斎(1735~?)や、鈴木春信、鳥居清長らが活躍した。とりわけ湖龍斎は、浮世絵師随一の量の柱絵を制作したことでも知られ、柱絵の特性を生かし、主題や構成ともに変化に富んだ内容の作品を多く残した。 保管のしにくい判型であることと、実際に柱に掛けて鑑賞されたため、状態が良好のまま伝えられることが難しく、実際には多数制作されたものながら、現在は希少性の高い作品が多い。(Y.I.a)

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3.2.12 『見立滑稽忠臣蔵』

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「見立滑稽忠臣蔵」

広重〈1〉 大判/錦絵 戯画
出版:天保前期(1830~1835)頃 江戸
赤穂市歴史博物館所蔵
【前後期展示】.

■解説
 本作品は、「仮名手本忠臣蔵」の各章段における名場面が、当時の風俗を交えて描かれているものである。主要な登場人物たちが、にらめっこや双六のような子どもの遊びに熱中していたり、はたまた「仮名手本忠臣蔵」では武器商人であるはずの「天川屋」の義平が「天川」というにゅうめん屋台を運営していたりと、「仮名手本忠臣蔵」の世界がユーモアをたっぷりと交えて表現されている。(H.Sa)

3.2.13 絵兄弟忠臣蔵 六段目

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「絵兄弟忠臣蔵 六段目」

国貞〈1〉 大判/錦絵 見立絵
出版:天保初期(1830)頃 江戸
立命館ARC所蔵 arcUP0510
【後期展示】.

解説
 本図には女性が化粧を施しているところが描かれている。鏡台の下にある「美艶仙女香」と書かれたものが江戸後期に流行したおしろいであることから、女性は鏡を見ながら手に持った紙を用いて化粧を整えているのだとわかる。上部には悲嘆にくれている男女が描かれている。これは「仮名手本忠臣蔵」六段目の一文字屋に連れられるお軽と早野勘平が別れを惜しんでいる場面である。したがって、本図では化粧をしている女性を、茶屋へ連れられる前に身だしなみを整えているお軽に擬して描いているのである。何気ない日常の振る舞いから、「仮名手本忠臣蔵」の場面を連想させたのである。(M.Oa)

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3.2.14 見立挑灯蔵 十一段目

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「見立挑灯蔵 十一段目」
 
国芳 大判/錦絵 戯画
出版:嘉永元年(1848)頃 江戸
立命館ARC 蔵 arcUP0557
【前期展示】.

■ 解説
  「仮名手本忠臣蔵」の有名な場面を、当世の美人と風俗に見立てた11枚揃のうち十一段目を見立てた1枚。上部の狂歌「幡の屋 すゝ払めざすかたきの胴あげを見つけ出したる明がたの空」から、年末の煤払いの情景を十一段目の討入りにより師直が炭小屋で捕えられた場面に見立てた作品であることがわかる。
 当時は囲炉裏で薪を燃やし煤がたまることが多く、正月を迎えるにあたり、家の内外を清掃する年中行事であった。昨今は実務的な大掃除として12月25日前後に行う家が多いが、本来は年神祭りのための物忌みに入る12月13日に行うのが慣例で、江戸城の御煤納めも13日に行われたため、一般もこれに倣ったとされる。翌日の14日が、赤穂浪士の討入りの日でもあることから煤払いを十一段目の見立とする趣向は多くある。(→15参照) 手前の女性の浴衣に染め抜かれる五三桐や頭に掛けている手拭の炭の紋様は師直を連想させる意匠である。彼女を取り押えようとしている少女は浪士に見立てられている。
 なお、当時の煤納めには祝儀として主人以下一同の胴上げをして掃き納めとした。本作も煤払いが終わり、胴上げをしようとする最中であろう。女性たちは胴上げされるのを嫌がり、女房や嫁などは逃げて、標的となるのは専ら下女であったとされる。(Y.I.)

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3.2.15 『仮字手鑑夜光玉』

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「仮名手鑑夜光玉」(かなでほんやこうのたま)

悪疾兵景筆(著)、国貞(画) 色摺半紙本3冊 春本
出版:文政11年(1828) 江戸 
立命館ARC蔵 arcBKE2-0004
【前期展示】.

■ 解説
 艶本(春本)は、歌舞伎や浄瑠璃とも密接に関連しており、中でも「仮名手本忠臣蔵」は頻繁に艶本の題材となった。
 本作は忠臣蔵の世界を当世の風俗に見立てた点において、多くの「忠臣蔵もの」の艶本の中に見られる類型表現から脱したものとなっている。12月13日に行われる煤払いの風景が十一段目の討入りに見立てられており、序文の「美女ありといへども。淫せざれば。その味ひをしらずとは。」は、浄瑠璃の冒頭「嘉肴ありといへども。食せざればその味はひを知らずとは。」を踏まえる。春本ならではの「読む」と「見る」双方のアプローチから楽しめる作品となっている。(Y.I.a)

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3.2.15-a 『高名美人見立忠臣蔵 十一段目』

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「高名美人見立忠臣蔵 十一段目」

歌麿 大判/錦絵 浮世絵
立命館ARC所蔵 Z0168-120
【展示なし】

■解説
 この作品は、「仮名手本忠臣蔵」十一段目師直捕獲の場面を、吉原の遊郭に見立てたものである。一人の男が数人の遊女に囲まれている様子は、義士たちに囲まれ、捕えられている師直の様子を連想させる。中心の男は作者である歌麿本人の自画像である。男の背後の柱には「応求哥麿自艶顔移」と彫られており、これは「求めに応じて、歌麿が自分を色男に描いた」という意味である。男の胸には黄色い丸紋が付いており、一方に「歌」、他方に「麿」の文字が読める。(H.S)

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3.2.16 絵兄弟忠臣蔵 二段目

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「絵兄弟忠臣蔵 二段目」
 
国貞〈1〉 大判/錦絵 見立絵
出版:天保初期(1830)頃
立命館ARC所蔵 arcUP2811
【展示なし】

■解説
 本図は、右手にはさみを持ち左手に切り落とした梅の枝を持った女性の姿を描いたものである。女性の額にはしけ(後れ毛のこと)がかかっており、どこか緊迫した中にある色気が感じられる。上部には、「仮名手本忠臣蔵」二段目の高師直を討とうと気が高ぶっている桃井若狭之助()と、加古川本蔵()がバッサリと松の木を切り倒そうとしている場面が描かれている。したがって、この女性は松を切る本蔵に見立てられているとわかる。「仮名手本忠臣蔵」二段目の同様の場面は、花や木を切って生け花にする女性の構図で見立てられることが多かった。(M.O)

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