立涌文様は一定の間隔の曲線のふくらみとへこみが交互に伸び、それが左右対になって構成された文様のことです。ふくらみの部分に雲や菊など他の文様が配されることもあります。立涌文様が登場した時期は古く、正倉院宝物にもすでに確認することができます。
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また、雲立涌(ふくらみ部分に雲が配される)は、有職文様の一つに数えられ、身分の高い人の装束に使用されたそうです。
古くからある立涌文様は、有職文様としても使われる一方で、染色に使用される型紙にも数多くみることができ、一般的にも浸透していた文様でもありました。それでは、キョーテックコレクションにある立涌文様の型紙を紹介しながら、バリエーション豊かな様子をご覧ください。
一枚目にご紹介する型紙は「波立涌」とよばれる文様です。立涌の曲線が波立つようなデザインになっています。波の間には小さな円があり、水しぶきを表現しています。こちらの型紙は、「突彫」と呼ばれる絵画的な彫刻を得意とした技法によるものです。突彫は彫刻刀の刃先が薄く、鋭く整えられているため、曲線も自在に彫刻することができます。また、この型紙の場合、彫刻する面積が広いため、型紙の強度が染色する際に弱くなってしまう可能性があります。そのため、補強の「糸入れ」も施されていることが波文様の中に見える非常に細い絹糸からもわかります。
次にご紹介する型紙は、立涌と菱形が重なったデザインになっています。この型紙は「錐彫」と呼ばれる半円形の彫刻刀を半回転させて小孔を彫刻する技法によって制作されています。小孔を並べていくことにより、直線や曲線を表現することができます。ただし、ほんの少しでも彫刻する位置がずれてしまうと、形が崩れてしまうので高い彫刻技術が必要とされます。また、この型紙は、菱形を構成する直線に使用された彫刻刀の径が立涌を彫刻したものよりも少し大きいので、菱形の直線がより際立つようになっています。ほんの少しの違いですが、型紙全体を見ると、大きな違いとなってあらわれます。
最後にご紹介する型紙は、立涌にも見えますが、まったく新しい幾何学文様にも見え、不思議な印象を与えてくれます。どのような彫刻技法によって制作されているのかみてみますと、一枚目と同じ突彫によるものと思われます。また、型紙を補強する糸入れも施してあります。
この型紙を構成する「かたち」は、立涌の曲線は径の小さな三日月形で、立涌の膨らみ部分は少し径の大きな三日月形で構成されています。型紙を構成する図形は非常にシンプルなのですが、立涌の曲線と三日月形がいくつも重ねられることにより、不思議な印象のデザインになっています。
「立涌」と名前はつけられていますが、曲線によって構成される幾何学的で非常にシンプルな文様です。立涌文様に付け加えるモチーフや構成の仕方によって印象が大きく変わり、「日本的」にも「西洋的」にも、ちょっと眼が回りそうなデザインにもなるのですね。