蜻蛉(とんぼ)をみかけるようになって季節の移ろいを感じる方も多いのではないでしょうか。蜻蛉は「あきづ」という古名があり、秋津島(あきつしま/あきづしま)は日本の古称でもありました。「あきづ」という語は、豊穣の意味とも結びついていたようです。
また、蜻蛉は「かちむし(勝虫)」とも呼ばれたため、武士の間で好まれました。戦での縁起をかついで武具のデザインに蜻蛉が使われたようです。「蜻蛉模様刺繍 陣羽織」なども現存しています。
縁起のよい昆虫である蜻蛉は、型紙の中でどのようにデザイン化されているのでしょうか。蜻蛉をデザインとして利用している型紙はキョーテックコレクション約18,000枚の内11枚が確認できます。菊や梅などの花に比べると、モチーフとして使用される頻度は低いです。縁起の良い昆虫と考えられていますが、型紙のデザインの中でスタンダードとまではいえないようです。
はじめに紹介する型紙は、蜻蛉と小花が型紙全体へ配されています。小花も蜻蛉も小さいので、かわいらしい印象を受けます。こちらの型紙は「道具彫」とよばれる刃先の形がさまざまに整えられた彫刻刀によって制作されました。花弁に使用される水滴のような形や小さな円形などをはじめとして、数種類の彫刻刀を使って蜻蛉や小花の形を完成させています。拡大してみると、一つ一つのモチーフの形が少しずつ異なっていて、手仕事ならではの揺らぎがあります。じっくり見ていると、それぞれのモチーフに個性があるように感じられます。
次に紹介する型紙は蜻蛉だけが型紙全体に配されています。こちらの型紙は「突彫」と呼ばれる鋭く薄く整えられた彫刻刀を使う技法により制作されています。絵画的な彫刻を得意としているので、蜻蛉の尾の曲線が見事に表現されています。この型紙は多くが上から蜻蛉を見た姿を彫刻していますが、蜻蛉を横から見た姿で彫刻されているものもあります。また、羽も内側を彫刻したものと外側を彫刻したものがあり、型紙全体でメリハリをつけるように工夫されていたことがわかります。
最後の型紙は立涌文様の中に蜻蛉が配されています。立涌文様は一定の間隔の曲線のふくらみとへこみが交互に伸び、それが左右対になって構成された文様です。内側に菊や雲などを配すことが一般的なので、蜻蛉との組み合わせは珍しいのではないでしょうか。立涌の曲線も形状から、つる性の植物を彷彿とさせます。蜻蛉の形は単純化されていて、2匹の蜻蛉が向かい合わせになっています。また、蜻蛉の輪郭を残すものと内側を彫刻する2種類が交互に配されていてデザインに抑揚がつけられています。こちらの型紙も突彫によって制作されたと考えられます。
立涌と蜻蛉はいずれも古くから親しまれてきたモチーフですが、両者が組み合わせとなるとなんだか急にモダンな印象を受けます。
紹介した型紙に配された蜻蛉はいずれも単純化し、丸みを帯びた形にすることで、実在の蜻蛉よりもかわいらしい印象を持つのではないでしょうか。基本的な形は残しつつも丸みを加えることでデザインとして親しみやすいよう工夫されてきたように感じます。
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文化遺産データベース