「小紋三役」と呼ばれた「鮫」「通し」「行儀」は文様の細かさを競い、とくに江戸時代の武士の裃に用いられたといわれています。浮世絵にも武士の裃がたびたび描かれます。
三代目豊国 画「大星由良之助」 文久二年(1862) |
こちらの浮世絵は、型紙よりも厚くて固い板木を使用しているにも関わらず、かなり精緻な文様を表現しています。こうした絵画資料からも裃に使用された文様の様子が感じられるのではないでしょうか。今回は、小紋三役の中でも鮫小紋についてご紹介したいと思います。株式会社キョーテックコレクションは約18,000枚の型紙が所蔵されていますが、鮫小紋の型紙は現在、52枚を確認しています。
まず、彫刻技法についてご紹介したいと思います。「鮫」をはじめとした「通し」、「行儀」はすべて「錐彫」(きりぼり)という技法により型紙へ彫刻されます。錐彫とは、型紙彫刻の中でも古い技法の一つといわれ、半円形の刃先の彫刻刀を型地紙に直角に立て、回転させることにより精緻な円を彫刻していきます。精緻な円を型紙の中でどのように配置するかにより、様々な文様を表現していくことが可能になるのです。なかでも鮫小紋とは、粒が弧を描くように並ぶ文様を指していますが、円の密度や弧の描き方によっていくつか種類があります。
こちらの型紙は、遠目からでは全く文様がわかりませんが、拡大してみると、精緻な円を並べながら緩やかな弧を描いています。型紙の右上には「イ」の印があり「イ印の鮫」とも呼ばれる種類であることがわかります。
こちらの型紙も一見すると先ほどの型紙と全く同じように見えますが、型紙の右上には「さ」の印があり、「さ印の鮫」と呼ばれます。先ほどの鮫小紋と比べると弧の角度や円の並び方が微妙に異なっていることがわかります。型紙の右上に印を持つ鮫小紋の型紙はこの他にもあり、「又」「丁字」「星」などが確認でき、鮫小紋にはさまざまな種類が存在していることがよくわかります。
非常に精緻な文様のため、近づいて見なければ違いがわかりませんが、近づくからこそ見える「違い」が美意識の顕れだったのではないでしょうか。
最後に紹介する型紙は、鮫小紋と別のモチーフを組み合わせたものです。数は多くありませんが、背景を鮫小紋にしてモチーフを配置した型紙も数枚確認しています。
こちらの型紙は、背景を鮫小紋に蚕と繭が配されています。繭と蚕は、突彫によるものと推定され、二種類の彫刻技法を組み合わせた型紙です。絹を生産するために必要不可欠な昆虫であることから、このようなデザインが創案されたのでしょうか。絹の原材料である蚕そのものを布地のデザインとして採用してしまおうという遊び心がうかがえるとともに、蚕が現代以上に身近であったことを物語ってくれている気もします。
鮫小紋は、型紙全体に精緻な円が配置されますが、絶妙なバランスは型彫師の技術の高さによるものです。同じパターンを彫刻していく作業は、想像するだけで気が遠くなりますが、ほどよい「揺れ」加減は手仕事が成せる業ともいえ、鮫小紋の型紙をじっと眺めながらちょっとした違いを探してみるのも楽しいかもしれません。
参考文献
『日本の美術 12』No.343 染の型紙 至文堂 1994
『週刊 人間国宝41』工芸技術 染織8 朝日新聞社 2007
『江戸小紋と型紙』渋谷区立松濤美術館 1999
参考URL
立命館大学ARC 浮世絵検索閲覧システム