「唐草文様」と聞いて真っ先に思い出すのは、唐草文様の風呂敷でしょうか。唐草文様は、茎や蔓が曲線の連続文様で、様々な植物と組み合わせてデザイン化されてきました。唐草文様は世界各地に広まっていて、日本にはシルクロードを経て中国から伝わり、古くは飛鳥時代の玉虫厨子(たまむしのずし)に確認することができます。日本では、牡丹や蓮、宝相華(ほうそうげ)などと組み合わせたバリエーションが増えていきました。
「遠やま甚三ろう 中むら芝くわん」 重春 画 |
江戸時代後期の風俗を記した『守貞謾稿』(天保8年〈1837〉起稿)には布団についてこのような記述があります。「三布(みの)敷布団の図は今図すると所なり。夜具にはこの菊・唐草等の形ははなはだ多し。形染はこの類。」つまり、三幅の布で作った布団は、型紙を使用した染による菊・唐草文様のものが非常に多かったと記されています。型紙のコレクションを見ていくと、大柄で菊や唐草、牡丹などが配されたデザインにしばしば出くわしますが、多くが布団用に使用されたと考えられます。また、江戸時代の浮世絵にも菊唐草の文様をほどこした布団を確認することができるため、どのように使用されていたのか当時の様子を垣間見ることができます。
唐草文様は先にも述べたように他の植物と組み合わせバリエーションが多くありますので、日常品や美術・工芸品にも頻繁に登場します。そこで、キョーテックコレクションの中から唐草文様がデザインに使用された型紙をほんの一部ですが、ご紹介したいと思います。
キョーテックコレクションの型紙約18,000枚の中に唐草文様が使用されているものは384枚にものぼり、植物文様の中でも定番であったことがうかがえます。その一方、唐草文様は多くが他の植物とともに採用されるため、自ずと数が多くなっている側面もあると考えられます。
こちらは、唐草・菊・桔梗の組み合わせの型紙です。菊と唐草は「錐彫」と呼ばれる小孔を彫刻する技法によりますが、桔梗は「突彫」と呼ばれる鋭く尖った小刀により彫刻されたと思われます。菊と唐草は、小孔を等間隔に連続させることで輪郭が浮かび上がります。その一方で、周辺部分は菊と唐草よりも広めに間隔をあけているので、同じ直径の小孔が彫刻されていても、輪郭線を邪魔していません。小孔の絶妙な間隔によって、デザインが成立していることがわかります。
続いてご紹介する型紙は、工字繋ぎを唐草風にしたデザインになっています。唐草といっても曲線の蔓がその名残をとどめているだけで、かなりアレンジされた形になっています。工字繋ぎは直線により構成されますが、曲線が入ることによって全く新しいデザインに生まれ変わっています。
こちらの型紙は、細い線が多く彫刻されていますので、補強のために絹糸による「糸入れ」が施されています。拡大してみると、糸が入っている様子がわかります。
最後にご紹介する型紙は、葡萄と唐草を組み合わせたデザインです。葡萄と唐草がかなり大柄に配されていますので、最初に紹介した布団用に使用された可能性があります。
葡萄唐草文様も世界中に類例があります。とくに西アジアでは葡萄に対する信仰があり、不老不死の象徴ともされていたようです。日本では飛鳥・奈良時代に一時期流行していたようで、法隆寺や薬師寺などにみることができます。その後、流行は途絶えたようですが、16世紀頃の南蛮貿易の頃から再び確認できるようになります。
こちらの型紙は、突彫による彫刻で、葡萄の実には錐彫が一部ほどこされています。また、型紙の多くを彫り抜いているため、デザインが崩れてしまわないように補強のため糸入れも確認できました。唐草と葡萄は同時に存在することはありませんが、文様としては吉祥性もあり、こちらの型紙が布団に使用されていたとすれば、心地よい眠りを運んでくれたかもしれません。
唐草文様は、世界中に類例を確認でき、それぞれの地域や文化に根付きながら日本へと伝わりました。日本文化の中でも美術・工芸作品や日常の中に溶け込み、現代まで継承される様子を垣間見ると文様の力を感じずにはいられません。
参考文献・URL
立命館大学ARC浮世絵検索閲覧システム
文化遺産データベース
『近世風俗志(守貞謾稿)』(3)岩波文庫 1999年