京都・上賀茂神社の神紋はフタバアオイですが、これは神事で使用していたことから上賀茂神社を象徴する紋として使われるようになったそうです。また、賀茂祭でもフタバアオイが使われていることから現在も毎年五月に開催される「葵祭」の名が広まったとも言われます。一方、徳川家の紋は、フタバアオイの葉をクローズアップして三枚配置した葵巴と呼ばれます。徳川の家紋のように、フタバアオイはデザインとして広まるにつれて徐々に簡略化され、実際の植物からは離れてしまいました。型紙を見ていくとさらにアレンジを加えられた葵の文様を見てとることができますので、いくつかご紹介したいと思います。
キョーテックコレクションの型紙約18,000枚を見ていくと、葵が文様として登場する型紙は50枚ほどありました。まずは、葵文様の中でもフタバアオイを模したと思われる型紙を見てみましょう。
こちらの二枚の型紙は、いずれも葉が二枚ありフタバアオイを模したデザインになっています。一枚目は、茎の一部が突彫と呼ばれる薄く鋭く研いだ彫刻刀によるものと思われますが、それ以外は錐彫と呼ばれる技法によるものです。錐彫とは、彫刻刀の刃先が半円になっていて、それを回転させることにより小孔を彫り抜く技法のことで、小孔をつなげて直線や曲線を表現します。二枚とも、遠目からは葵文様とはわかりませんが、近づくと葵文様が彫刻されているとわかります。そして、いずれも小孔が均等に配置されているため、葵の葉が際立つようになっています。小孔の位置や間隔が均等でないと曲線は崩れてしまいます。一つ一つの彫刻にどれほど集中していたのか伝わってきます。
また『源氏物語』9巻の巻名は「葵」であることから、別のモチーフと組み合わせて『源氏物語』を連想させるデザインもあります。
こちらの型紙は、葵の葉と源氏香が配されています。源氏香とは、香の異同をかぎわけて5本の縦線と横線を組み合わせた図で示す組香の一種です。その図は52種類あり、それぞれに源氏物語の各帖の名前がつけられています。
次の型紙は、葵と源氏車の組み合わせの型紙です。源氏車とは、御所車の車輪をデザイン化したもので、こちらも二つのモチーフが『源氏物語』を連想させるように意図されています。
最後にご紹介する型紙は、葵と唐草の組み合わせです。実在するフタバアオイの茎とは異なっていますので想像上のデザインです。また、唐草自体が特定の植物を模した文様ではありませんし、葵の葉もかなりデザイン化されています。なんとも不思議なデザインですが、実在しているようにも見えてしまいます。葵も唐草もデザインとして浸透していたからこそ、組み合わせとして成立したのかもしれません。
実在した植物もデザインとして広まることにより、形を変えていきますし、デザインだからこそ表現が可能となる組み合わせも数多くあります。あらためて身の回りにあるものを忠実に、時には大胆にデザイン化してバリエーションを豊かにしてきたのだと気付かされます。
参考文献・URL
沼田頼輔『日本紋章学』1926年
京都市観光協会/
上賀茂神社