団扇(うちわ)は、あおいで風を起こして涼をとるためや日差しを避けるために使われます。蒸し暑い季節は、ほんの少し風が吹くだけで気分もすっきりします。
団扇は、紀元前三世紀頃から中国で使われていた記録が残っており、日本へは中国から奈良時代に伝えられたとされています。そして時を経るにつれて広く一般化し、江戸時代には庶民へも普及しました。浮世絵には、美女が団扇を片手にたたずむ姿や団扇売が売り歩く様子が夏の風物詩として描かれています。また、浮世絵の一ジャンルとして団扇に貼るために作成された「団扇絵」が絵師によって手掛けられました。江戸時代の人々が、団扇を単に涼を得るための道具としてだけではなく、観賞するものとしてもみていたことがわかります。
こうした庶民への普及に影響を受け、型染に用いられる型紙にも団扇を配したデザインが確認できます。現在のところキョーテックコレクション約18,000点の内、23点の団扇をデザインに使用している型紙が確認できています。その中からいくつかご紹介していきます。
図1は、型紙に対してやや大きめに団扇が配されています。彫刻された細かな点を見ていくと、彫刻刀の刃先がさまざまな形(楕円・菱形など)をしていて、一突きで彫り抜くことができる「道具彫」によるものだとわかります。この彫口はなかでも「米粒」とも呼ばれていたようです。また、この図形は、縫い目のようにも見え、「刺し子」と呼ばれる綿織物の補強のために細かく刺し縫いしたものを意識していたようにも思われます。以前、鯉の型紙を紹介した際にもこのような方法が見受けられました。
図2は、団扇のなかに文字が彫刻されていて、突彫という先端の尖った非常に薄い小刀のような彫刻刀を使用する技法によるものと思われます。拡大図にあるように「市川」や「坂東」、「片岡」など歌舞伎役者にちなむ名字や名前や彫刻されていて、「歌舞伎役者尽し」となっています。歌舞伎役者にちなむデザインは、型紙にもしばしば登場し、歌舞伎の人気を実感します。また、団扇の竹骨部分(拡大図)は、団扇ごとにデザインが異なっていて、細かなところにまで気を配っていた様子がうかがえます。
最後に紹介する図3は、団扇のほかに鼓、楓が配されていて、図2と同様に突彫によるものでしょう。突彫は彫刻技法の中でも特に細かな線を表現することができるのですが、図3ではモチーフの輪郭線をやや太めにし、境目をギザギザに彫刻しています。なぜ、わざわざこのようにかすれたようにデザインしたのでしょうか。その理由は、「絣織」にあります。「絣織」とは、文様部分をあらかじめ染分けた糸による織物で、地と文様の境目がかすれる独特の風合いが出ます。図3は、織による「かすれ」を型紙の彫刻により表現したもので、絣織の風合いを型染で出そうとしたものでしょう。このような型紙による絣のデザインは、キョーテックコレクションにも多数見受けられ、絣のデザインに対する人気をうかがうことができます。
団扇という一つのモチーフをとってみても、彫刻の方法によって印象が大きく異なります。また、団扇を眺めているだけで涼を運んでくれるような気もします。さて、どの団扇が一番涼しげにみえますか?
参考文献
『染の型紙』京都国立博物館 1968年