春になると、蝶があたりを舞い始め、春の訪れを感じさせてくれます。
蝶は、古くは平安時代からさまざまなものに意匠として登場します。長寿のシンボルとして、あるいは秀でる「長」の音に通じることから、家紋にも広く使用されました。こちらのブログデザインにも図1の型紙を使用しています。錐彫という小孔を彫り抜く技法が用いられており、意匠化されて丸みを帯びた蝶は、かわいらしい印象を与えてくれます。
江戸時代には蝶をあしらった着物(小袖)が、デザイン帳である「小袖雛形本」に紹介されています。着物の背面に大きく蝶をあしらうデザインから、簡略化されたものまで多様に描かれます。総じて江戸前期は大きく蝶が描かれ、目や足、羽の文様まで細かく描き込まれています。一方、時代が下るにつれて「小袖雛形本」に登場する蝶は、文様が小型化と簡略化される傾向にあるそうです。
現存する着物としては「梅樹熨斗蝶模様振袖」(文化遺産オンライン)などがあげられ、熨斗と蝶が組み合わされたデザインとなっています。着物に配された熨斗蝶は、雄蝶と雌蝶を一対にして、婚礼衣装の文様として用いられたそうです。このようなデザインは、図2のように型紙の中にも登場します。こちらの型紙も吉祥的な意味合いを込めて製作されたと推測されます。ただし、近代以降になると蝶は、花から花へと移り気なイメージを持たれるようになり、婚礼の衣装としては避けられるようにもなったそうです。
最後に紹介する図3は、桜と蝶をモチーフにしていて、春らしい雰囲気です。こちらの型紙は、鋭く尖った小刀を上下に動かしながら彫刻する突彫が用いられています。また、それぞれの文様が壊れてしまわないよう「糸入れ」をして、型紙が補強されています。図3の蝶は、図1・2と比べると羽の文様など細かなところまで表現されています。このような表現方法の蝶が一般的であったのか、リバイバルであったのか定かではありませんが、明治期の帯や裂などの染織資料にも見受けられます。
蝶は、薄や牡丹などと合わせて表現されることも多く、組み合わせからさまざまな意味合いが生まれたモチーフです。当時の人々が生活する環境や文化からイメージが形作られ、長い年月をかけて蓄積されたものといえるでしょう。
参考文献
沼田頼輔『日本紋章学』1925年(新人物往来社、1972年)
山辺知行監修『明治の文様 染織』1979年
弓岡勝美編・藤井健三監修『帯と文様』2008年
『小袖―江戸のオートクチュール』展図録2008年
清水久美子・廣瀬永莉「江戸時代における蝶の文様表現―『小袖模様雛形本』を中心に」『同志社女子大学生活科学』46、2012年
文化遺産オンライン