毎年、秋になると紅葉(こうよう)の名所が賑わいます。黄色や赤へと木の葉の色が変わる様子に季節の移ろいを感じるという方も多いでしょう。楓が色づいた紅葉(もみじ)を愛でる様子は、古くから歌や絵画に表現されています。流水と楓を一緒に描くと「竜田川図」とも呼ばれますが、これは「ちはやぶる神世もきかずたつたがは から紅に水くくるとは」(『古今集』在原業平)の歌がもととなったといわれています。
図1は、流水と楓を表現した型紙で、背景が正方形を繋ぎ合わせた市松文様になっています。市松文様は縞で表現されていて、型紙を彫り抜く面積を変えることにより、打ち違えた正方形が浮かび上がります。縞の中には流水や楓もあり、直線と曲線が入り交じっています。型彫師の繊細な彫刻と型紙全体を常に把握できる技術が相まって成せるデザインではないでしょうか。
図2は楓と源氏香を組み合わせた型紙です。源氏香とは、香りを聞き分ける遊びである組香の一つで、5本の線をもとに香の異同を示します。源氏香は全部で52図あり、『源氏物語』54帖のうち「桐壺」と「夢浮橋」を除く各帖の名が付けられました。その後、源氏香は紋所としても用いられ、図3のように江戸時代に刊行された紋帳にも掲載されています。
図2の源氏香は左上から「賢木」「初音」「竹河」を表していて、源氏物語に因むデザインを意図しています。そう考えると、楓は『源氏物語』54帖の内「紅葉賀」を表現しているのではないでしょうか。図2は源氏香だけではなく、楓を織り交ぜたデザインで「源氏物語尽し」といったところでしょう。『源氏物語』を各帖の象徴する情景で表現するのではなく、簡略化された源氏香という図様を使って暗示しているのです。
幕末に大流行したいわゆる「源氏絵」にも源氏香は文様として衣裳や調度など広く用いられています。もともと組香の結果を示すために作られた図様である源氏香は、デザインとして広く親しまれるようになっていったのです。
ある図様が伝わっていく過程には、文学や当時の文化が深く関わっています。しかし、一度デザインとして広まると当初の機能や意味が薄れてしまうことがあります。時には文様の成り立ちを考えてみることも面白いかもしれません。