「流水文様」とは、水が流れる様子を象った文様のことを指します。数条の平行線をS字型などで幾何学的に表現される場合や絵画的に表現される場合があります。同じ水に関する文様の「波文様」は、水しぶきが表現される場合も多く、荒々しい印象を与えるのに対し、流水はゆるやかな曲線で表現され、比較的穏やかな印象を持ちます。
水は、私たちの生活に関わりが深いため、美術工芸作品を装飾するのに欠かすことのできないデザインの一つと言えるでしょう。たとえば、植物と組み合わせた「流水杜若模様打掛」や水鳥、水辺の風景を表現する際に、蛇行した流水表現が用いられます。
型紙に目を向けてみても、使用頻度が高く、株式会社キョーテックコレクション約18,000枚の内、164枚の型紙に流水文様を確認しています。この中には渦を巻いた「渦水文様」は含まれていませんので、流水の他に水に関する文様を含めると、さらに多くの水に関する文様が型紙に使用されていたことがわかります。
こちらの型紙は、流水文様に松が配されています。流水文様は型紙を彫刻しないことで表現されていますが、拡大してみると、周辺部分は大変細かく彫刻されていることがわかります。また、松の内部(葉)は直線的に彫刻されていますが、流水の輪郭を形作るのは曲線で、対照的になっています。実物の松葉と流水をもとにしてデザイン化したのだと思われます。
こちらの型紙は、先ほどの型紙と比べるとはっきりとしたS字で幾何学的に流水文様が配置されています。拡大してみるとわかりますが、こちらも流水以外を細かく彫刻することにより、流水文様が浮かび上がるように表現されています。また、拡大画像の大きくカーブしている箇所は、アクセントのように小さな楕円が二粒ずつ彫刻されています。これはデザインとしても機能していますが、直線のみでは型紙の強度が落ちてしまうため、防染糊を塗布する際に型紙が破れてしまわないように補強の意味も持っていると考えられます。機能性とデザイン性を兼ね備えた型紙ともいえるのではないでしょうか。
「尾花才三 沢村源之助」国貞 画 文政13年(1830) |
最後にご紹介する型紙は、渦を巻いた水の文様で「観世水」(かんぜみず)と呼ばれます。この文様は、能楽観世流の謡本や扇、装束などに使用されるため、この名がついたといわれています。一方、歌舞伎の世界では、歌舞伎役者の家である沢村家も観世水を使用していました。沢村家の役者が描かれた役者絵の中には、衣裳や小道具に観世水があしらわれることもあります。こちらの役者絵の衣裳がもし、製作されていたら型紙を使用して染色されていたのでしょうか。
さて、観世水の型紙に目を向けてみましょう。こちらの型紙は、観世水が斜めに配されて遠目からは斜め縞のように見えますが、近づくと文様を確認することができます。観世水は「錐彫」と呼ばれる小孔を彫り抜く技法によるもので、その周囲は「道具彫」と呼ばれる、刃の形が彫り抜く形をした彫刻刀を用いたと考えられます。いずれも大変緻密に構成されていて、彫刻する位置を間違えればデザインも崩れてしまいますし、型紙としての強度も落ちてしまうでしょう。一つ一つの仕事を丁寧に進めていたことがよくわかる型紙です。
水は、時には荒々しく、時には穏やかに形を変えます。その姿を活かすように、デザインへ投影されていたことが、類似する型紙を集めて比較してみるとよく伝わってきます。
参考文献・URL
『Katagami style』日本経済新聞社、2012年
文化遺産オンラインデータベース
立命館大学浮世絵検索閲覧システム