暖かくなると軒先に燕が巣を作る光景は、最近あまり見かけなくなったかもしれませんが、季節の移り変わりを感じる機会ではないでしょうか。燕は、古くは8世紀後半に成立した『万葉集』にもすでに詠まれていて、日本文化に広く根付いている鳥です。
燕は、江戸時代に制作されたきものにもモチーフとして登場したり(『柳に燕模様小袖』遠山記念館蔵)、歌舞伎の衣裳にも使用されたりしています。
それでは、続いて染色の型紙に燕がどのように表現されているのか、キョーテックコレクションから見ていきたいと思います。キョーテックコレクションには、燕がモチーフとして使用される型紙を現在までに18,000枚中20枚確認しています。
こちらの型紙は、燕と枝垂れ桜がモチーフになっています。枝垂れ桜の間を縫うように燕が飛んでいます。この型紙の内、桜の花と枝は「道具彫り」と呼ばれる刃の形がさまざまに調整された彫刻刀によるもので、そのほかは「突き彫り」と呼ばれる鋭く尖った彫刻刀によるものと思われます。特に、燕と桜の葉は絞り文様に見えるよう彫刻されています。本来、絞り染めは布を糸で括って染色されますが、型紙彫刻を工夫することにより「絞り染め風」に表現することができます。
続くこちらの型紙は、燕と桜、破れ七宝がモチーフになっていて、燕の羽が一枚一枚彫刻されています。この型紙の中でも注目すべきは破れ七宝の表現方法でしょう。七宝文様の輪郭は複数の直線を重ねることにより表現されていて、染色されると絣織風に見えます。直線は上下に少しずつずれていて、その「ずれ」が絣織風に見せてくれます。絣織は本来、糸を先染めして織り上げる技法ですが、絣織文様の風合いを真似て型紙で表現しています。染と織、同時に表現することの難しい技法を彫刻の工夫で同時に存在させているのです。
最後にご紹介する型紙は、雨と燕をモチーフにした型紙でしょうか、あるいは立涌文様の中に燕を配置したのでしょうか。燕は輪郭のみが曲線により構成されています。こちらの型紙は、上記で紹介した役者絵の衣裳に描かれた「濡れ燕」と同じモチーフだとすると、雨粒も直線ではなく曲線や楕円に似た形で表現されていて、かなり趣が異なります。また、燕も他の型紙と比べると曲線により表現されているからか、緩やかに飛んでいる印象を受けます。
こちらの型紙は燕の輪郭を彫り抜いていますが、その他の部分はあまり地紙を彫り抜いていません。そうすることにより、燕がより際立ったデザインになっています。しかし、型紙を大きく彫り抜くと染色の際に型紙の破れやずれの可能性も高くなるため、こちらの型紙は絹糸により補強をする「糸入れ」が施されています。
いくつかの型紙を比較してみると、直線や曲線の使い方、彫刻技法の工夫により燕のスピード感が変わっているかのように見えます。実に多種多様な表現が可能となっていることが型紙から伝わってきます。
参考URL
ARC浮世絵検索閲覧システム
遠山記念館ホームページ「日本染織コレクション」