扇形の文様が上下左右に繰り返して配置される「青海波文様」は、波を意匠化した文様の一つです。文様名の由来としては、舞楽の「青海波」の装束に使用されたためといわれています。青海波文様は広く浸透していたようで、江戸時代に刊行された紋帳には青海波文様の描き方も掲載されています。
文様とは異なりますが、漆工の技法にも「青海波塗」があります。絞漆を櫛篦(くしべら)で掻き取り、波文を表現する技法で、江戸時代の元禄期(1688‐1703)に青海勘七(せいかいかんしち)が創始したといわれています。その後、この技法は長らく途絶えましたが明治期の蒔絵師である柴田是真(しばたぜしん)らによって技法が再現されました。
扇形が連なる青海波文様はさまざまな美術・工芸作品に使用されていますが、布地を染めるための型紙にも使用されていますので、株式会社キョーテックコレクションに所蔵される型紙18,000枚の中からご紹介したいと思います。本コレクションの型紙には、青海波文様が彫刻された型紙を73枚確認しています。
こちらの型紙は、遠目から見ると2種類の正方形を配置した「市松文様」のように見えますが、拡大すると青海波文様とわかり、ちょっとした仕掛けのある型紙です。青海波文様には「錐彫」と呼ばれる、小さな半円形の彫刻刀を回転させることで小孔を開ける技法が使用されています。きれいな青海波文様を作るためには彫刻する位置はもちろんのこと、微妙な力加減を調整しながら制作されていったのだろうと想像できます。また、一列ごとに青海波文様が上下反転しているところもみどころの一つかもしれません。
こちらの型紙は、大きな碇と青海波が配されていて、「突彫」と呼ばれる鋭く尖った刃先の彫刻刀により制作されたと考えられます。背景の青海波文様は、大きさが異なっていて、波の荒々しさを表現しているようにも見えます。
波に大きな碇が配されているデザインは、波の荒々しさや勇壮な印象とともに、文楽・歌舞伎『義経千本桜』「大物浦」を連想させます。この場面で平知盛は、源義経の軍勢に取り巻かれながらも奮戦しますが、やがて大碇を体に巻き付けて岩から海へ飛び込みます。大きな碇と縄、荒い波を表現したこちらの型紙はそんな想像も膨らませてくれます。
最後に紹介する型紙は、軽めのタッチで表現されている青海波文様の型紙です。筆でさらりと下書きしたかのような青海波文様は、幾何学的な印象が薄れて独特の印象を与えてくれます。しかし、彫刻刀を使用しながら描線の太さを微妙に変化させるのは、非常に難しかったと想像されます。また拡大してみると、青海波文様以外も細かく彫刻されていることがわかります。型紙は文様同士がどこかで繋がっていないといけませんので、多くの面積を彫刻すればするほど、文様が崩れてしまわぬよう気をつけなくてはなりません。この型紙は、筆で描いたような雰囲気を残しながら、かつ型紙として成立するよう彫刻しなければならなかったため、高い技術力が必要とされたと考えられます。軽やかなデザインの裏側には、確かな職人の技があったのだと実感できます。
青海波文様は同じ大きさの扇形が連なっていて幾何学的な印象を持つ文様ですが、大きさや彫刻方法を変化させることで、繊細な印象、荒々しい印象、軽い印象などさまざまに表現することが可能であると型紙を見ていて感じることができますね。
参考文献
東京国立博物館画像検索
立命館大学ARC書籍閲覧システム
弓岡勝美編、藤井健三監修『帯と文様』世界文化社 2008
『超絶技巧明治工芸の粋』浅野研究所2014