浮世絵には、正月の風景として女性や子どもが羽根つきを楽しむ様子がしばしば描かれます(英泉画「十二ヶ月の内 正月 春の遊」国立国会図書館蔵)。羽根つきの起源は、室町時代に子どもが蚊に喰われないための呪術にはじまったとされ、それが転じて江戸時代には正月の遊びとなりました。現在、正月に羽根つきをする機会は減ってしまいましたが、歌舞伎の登場人物などを立体的に細工した「押絵羽子板」は今も親しまれています。
さて、正月の風物詩であった羽根つきは、型紙の中にも採り入れられています。図1は羽子板と鞠が大きく配され、その周囲には松と梅が散りばめられています。松も正月の飾りに使われる芽生えたばかりの若松で、梅とともに新年を祝うようなデザインになっています。
拡大図を見てみるとわかりますが、上部の羽子板は途中で切れてしまっています。しかし、右下には羽子板の柄が彫刻されています。このように途切れるようにデザインされているのは、型紙を使って布地を染めるためです。型紙は布地へ繰り返し置いて染色に使われます。そして、型紙を送ることにより途切れていた羽子板は、一つのモチーフとして完成するよう、構成されているのです。
一方、羽根つきに使われる羽根もやはり型紙にモチーフとして登場します。図2は、羽根をモチーフにした型紙で、ごく小さな円を彫刻する「錐彫」という技法によるものです。また、羽根の先端は、少し大きめの孔があいているため、二種類の彫刻刀が使用されたと思われます。さまざまな方向にむいた羽根は、思うように飛ばせない様子を表現しているようにも見えます。
正月の遊戯として親しまれた羽根つきですが、羽根は家紋としても用いられました。江戸時代に刊行された紋帳を開いてみると(図3)、数種類の羽根紋が登場します。丸枠に一つ、あるいは五つなど、羽根を配した家紋が数種類紹介されています。羽根は、遊戯のみならず、モチーフとしても広く浸透していた様子がうかがえます。
このほかにも正月を連想させるモチーフがあります。とりわけ正月には、新たな年に対する慶びや繁栄を願う吉祥のモチーフが使用されます。図4のように鶴、亀、それに松竹梅といった「めでた尽し」は正月ならではといえるでしょう。ちなみに、竹と松は唐草のように表現されていて、デザインに一工夫ある型紙です。
松竹梅は、四季を通じて緑を保つ松と竹、冬に花を咲かせる梅を君子の節操として中国では「歳寒三友」と呼ばれました。日本では、吉祥の文様として親しまれるようになりました。モチーフは、季節感を表現するとともに、新年に対する願いが込められていたのでしょう。
新たな年に希望や願いを托す気持ちは、今も昔も変わらないものですね。