3月から4月は卒業式や入学式など、門出を祝う行事が盛りだくさんです。晴れの門出をより一層華やかにしてくれるのは桜です。また、桜の名所には毎年数多くの人々が訪れ、春の訪れを感じる恒例行事となっています。
桜は古くから愛好され、『記紀』や『万葉集』にも記されています。そのため、桜をデザインに取りこんだ作品は数多く、衣服や調度品、武具などさまざまです。たとえば、「桜流水模様小袖」などのように、上部には桜と霞、下部には桜に流水が組み合わされた小袖が現存しています。
桜を使った型紙も数多く確認できます。
図1は桜と霞、背景として縞が彫刻されています。縞としても自然に表現し、かつその中に霞と桜を入れて彫刻していく、技術の高さがうかがえます。
図2は、桜と唐草が彫刻された型紙です。唐草は小孔を彫り抜く「錐彫」、その他は「突彫」と呼ばれる鋭く尖った小刀を上下に動かしながら彫刻する方法で表現されたと思われます。唐草は、牡丹や桐などと一緒にデザインされる美術工芸作品が多いのですが、図2の型紙は桜と唐草が組み合わせになっています。
図3は、桜の花と蜘蛛の巣が彫刻されています。花弁の中に蜘蛛の巣という何とも不思議な組み合わせに見えますが、実は文学的な背景が隠されているそうです。
近世前期の小袖(着物)や美人画には、蜘蛛の巣文様がしばしば登場します。先行研究によると、蜘蛛の巣文様の典拠として『徒然草』や『伊勢物語』があげられており、蜘蛛の手のように多方面に思いが及ぶ、あるいはあれこれ思いをかけるという意味が含まれているそうです。そして、蜘蛛の巣に桜の花が加わると、また別のイメージが形成されます。
『伊勢物語』や謡曲『井筒』には、河内の国高安の里に住む女のところへ通う夫に、恨みもいわず、思いを歌に託し夫の身を案じる妻を主題としたものがあります。この主題からは、登場人物や背景を連想する「蜘蛛の巣に菊文様」がイメージとして創り出されたようです。そして、「河内通」(高安通)とも呼ばれる主題は、歌舞伎にも取り入れられて人気を博し、人々の間に広まりました。さらに、人々の間に物語が定着すると、別のイメージが生み出されました。
「河内通」に登場する思い人をじっと耐えて待つような女性が、謡曲『井筒』や『伊勢物語』にはさらに登場します。その女性は、桜の季節に想い人を待っていたので、蜘蛛の巣と桜の花の組み合わせが、待つ女性、貞淑な女性を表す文様とされたようです。
図3の型紙は、おそらく江戸時代末から近代に制作されたものですので、デザインの視覚的な意味は変わっていた可能性もあります。しかし「蜘蛛の巣に桜文様」というデザインは脈々と受け継がれてきたのです。
モチーフ同士の「組み合わせ」によって、デザインのもつイメージが広がっていく様子がわかりますね。
参考文献
『演劇百科大事典』3 早稲田大学演劇博物館 1963年
藤井享子「『菊に蜘蛛の巣』文様とその周辺」『服飾美学』 2002年
吉村佳子「蜘蛛の巣文様の展開―中世における」『服飾美学』2005年
文化遺産オンライン