1.05.2 残酷すぎる運命

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「仮名手本忠臣蔵 五段目」 
 
国貞〈2〉 大判/錦絵(横絵) 物語絵 
出版:嘉永4年(1851)頃 江戸
立命館大学ARC所蔵 arcUP1990
【後期展示】.
 
■解説
 雨降る夜の山崎街道での二場面を描く。元塩冶家の家老で師直に寝返った斧九太夫の息子・斧定九郎が唯一登場するのがこの五段目である。
 ある老人が夜道を急いでいたところ、怪しげな男が追いかけて来て物騒な道の連れになろうと言う。しかしこの男、今は山賊に堕ちた定九郎の目的は老人の持つ財布であった。「こなたのふところに金なら四五十両のかさ。縞の財布にあるのを。とつくりと見つけてきたのぢや。貸して下され。男が手を合はす。」と老人の懐から無理やり縞模様の財布を引きずり出す。たった一人の娘とその婿のために要る金、親子三人が血の涙を流すほど大切な金だから助けてくれと老人が必死に頼むのも聞かず殺して死骸は谷底に蹴落としてしまったのである。実はこの老人はお軽の父・与一兵衛で、お軽の身売り先である祇園一文字屋からの帰りであった。
 手前にお軽の父・与一兵衛が定九郎に襲われて財布を奪われる様子、奥には雨で火縄銃が湿気ったので火を貸してもらおうとする勘平と、山賊かと思い身構える千崎弥五郎を配置している。しかしながら現行の歌舞伎では与一兵衛と定九郎の場面はかなり原作と違った内容である。仮名手本忠臣蔵原作では、この図のように山賊へ身を落とした定九郎が与一兵衛を追いかけて財布を奪った後殺害するが、現行の歌舞伎では稲垣の前に座り込んだ与一兵衛を刺し殺している。定九郎の言葉は「五十両……」のみとなっており、与一兵衛との掛け合いはない。
 この図で注目すべきは人物の表情である。与一兵衛が持っていた金はなんと娘の身売りを条件に勘平のために手に入れた大金であり、「親子三人が血の涙の流れる金」であった。必死に助けを乞う与一兵衛の表情と冷酷無比な定九郎の表情がリアルに描かれている。一方で早野勘平・千崎は手前の二人に比べてあまり表情を描き出していない。これは二人が互いの顔を見てあまりの偶然に驚いたためであろう。(藤井)

 <注>

1:京都から西国にぬける脇街道。与市兵衛はおかるの身売り先、一文字屋のある祇園から伏見を通り帰るところであった。