E2.2.08.6 誠忠義心伝 十六 矢頭蝶助教次
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絵師:歌川国芳
出版:嘉永元年(1848)
判型:大判錦絵揃物のうち
所蔵:立命館ARC
作品番号:arcUP9155矢頭蝶助教次を描く。四十七士の最年少は大石主税だが、その次に若かったのが矢頭右衛門七である。演劇では「佐藤与茂七」の名で登場することが多いが、E2.2.15.01の「誠忠義士肖像」では「矢頭与茂七教兼」とされている。その父が本図に描かれた蝶助で、殉死を盟約した朝野家家臣の一人であったが、一家離散の後の浪人生活で重い病となる。図は、いまわの際の枕元に十六歳の息子与茂七を呼び、遺言と刀を授けるところ。蝶助は与茂七に自分の代わりを果たすよう言い残して息絶える。大星は与茂七を敵討連判の列に加え、与茂七は見事忠臣の名を後代に残すことになったのである。