E2. 歌川国芳
-
-
歌川国芳は、寛政9年(1797)江戸日本橋本銀町の紺屋柳屋吉右衛門の子に生まれた。幼名芳三郎、俗称は孫三郎。
文化8年(1811)15歳で初代歌川豊国に入門したという。国貞・広重と並ぶ歌川派の代表的な絵師で、一勇斎・採芳舎・朝桜楼などと号した。文政10年(1827)ごろ刊行した「通俗水滸伝豪傑百八人之壱人(一個)」シリーズが出世作となり、「武者絵の国芳」の異名をとるようになる。得意の武者絵だけでなく、美人画・役者絵・風景画・戯画・風刺画など作画領域は広く、確かな画力に裏打ちされ近代的感覚を盛り込んだ発想豊かな作品が多い。
文久元年(1861)3月、65歳で没。門人には芳虎・芳幾・芳年らがあり、その画系は芳年―水野年方―鏑木清方―伊東深水と昭和期まで続いた。
(ライデン世界博物館所蔵)