E3.5 をこ絵と動きの表現

『絵本天神御一代記』
絵師:奥村政信 
判型:半紙本 1冊
出版:宝永頃ヵ
所蔵:立命館ARC 作品番号:arcBK02-0088.

三次元の多くの物に動きが伴う。しかしその動きは私たちの目に実際に見えることは少なく、多くの場合ただ感じている。そのような見えないものを二次元に描く場合にはどうしたらよいのか。その原始的な手法は人物や物が動いた線を描くものであった。例えばここに紹介する『絵本天神御一代記』では向かって右ページに天神の不思議な力により投げ飛ばされた男が描かれるが、その男を投げ飛ばした力の動線が渦を巻いて力強く表現されている。この動線はその力の素早さと勢いを見る者に感じさせる。
このような動線による動きの表現の出発点は「をこ絵」と呼ばれる戯画的な絵にあるとされる。例えば「をこ絵」の語が見られる最初期の文献『今昔物語』では義清が描いた絵について矢の飛んだ道筋とその勢いを表す動線を描いたことが述べられている。また『大鏡第三巻』の「太政大臣伊尹 花山院の多芸多才」では花山院が走る車の車輪をぼやかした色で描き、その輪郭線を曖昧にしたことでその勢いや早さを表現したことが記されている。(戸)