B3.0 役者絵本とは

 役者を描いた役者絵本は、江戸と上方でその発達の過程に違いがある。江戸では、芝居風俗を描く菱川時代を経て、鳥居清信が出て、芝居興行と結び付き鳥居派として勢力を伸ばす。錦絵の時代になり、勝川派、歌川派と主流が移っていくが、役者絵を手掛けた絵師によって、絵本が刊行された。
 鳥居派を主とする初期の役者絵本では、描かれる役者は似顔ではなく、役柄によって様式化された顔の描き方と定紋を用いて役者が紹介された。最初期の役者絵本としては、初代鳥居清信による『風流四方屏風』が挙げられる。
 錦絵の時代になると、役者は似顔で描かれるようになる。勝川春章と一筆斎文調により始まった役者似顔は、勝川派の活動で様式が確立されてゆき、より写実的な似顔で表現されるようになる。似顔描写の技術は、舞台衣装を脱ぎ役柄から離れた役者個人の日常姿を描くことも可能にした。役者の日常姿や幕内での姿、邸宅風景などを描いた役者絵本は、役柄だけでなく役者個人に興味を持つ一般の人々に広く求められた。また、それらのような幕内や邸宅風景を描く絵本では、役者の姿絵のみが描かれることが多かったそれまでの役者絵と違い、人物と背景が密な関連を持つことも特徴である。

 
役者似顔は役者絵本だけでなく、草双紙や合巻にもしばしば取り入れられた。道外方や若衆方の役者の顔を挿絵に用いることにより登場人物の役割を表現するだけでなく歌舞伎の題材や演目が合巻に取り入れられるなど、歌舞伎と文芸作品が密接な関係を持つ中でも役者似顔は重要な役割を果たした。
 役者絵本は次第に大首絵として似顔で描かれた役者名鑑となっていくが、絵本ではなく、錦絵として出版された「古今俳優似顔大全」は、300名にも及ぶ元禄時代以来の役者似顔を集大成した揃物で、多くは画帖仕立ての役者似顔絵本のようにして手許で楽しまれていたようである。
(Ia.)

【参考資料】
「古今俳優似顔大全」
絵師:歌川豊国〈3〉
判型:大判錦絵 (一帖)
出版:文久2年(1862)~文久3年(1863)
所蔵:立命館ARC 資料番号:arcBK06-0023.