D5 往来物

『絵本庭訓往来』初編
絵師:葛飾北斎
書形:半紙本 3巻3冊の内 1冊
出版:文政11年(1828)
所蔵:立命館ARC 作品番号:hayBK02-0127.

 子ども用の教科書は鎌倉期にはすでに実語教や童子教と呼ばれる教科書が存在していた。それらが道徳的な教えを示す中、室町時代の天台宗の僧侶・玄恵は『庭訓往来』という書を作り、初等教科書の礎を築くことになる。もともと「庭訓」とは庭訓往来のことを指しているが、内容は年中の消息往来のことで、これに絵がつけられたものが「往来物」といわれる。また、平安末期以降には初等教育用教科書としての意味合いに発展した。
 この「庭訓往来」に記された科目は多岐にわたり、総合的な教育として機能していたため、絶大な人気を誇っていた。しかし、次第に制度改革や必要とされる科目が変化し、江戸時代には適応しない教科書になり下がってしまった。そこで、寺子屋などの庶民教育が一般化する中で、教育に力を入れていた人たちがそれまでの文体を当世風に書き換え、挿絵を入れるという工夫をおこなった。その結果「往来物」は鎌倉期から明治にいたるまで長きにわたり人気を馳せたのである。(n)

 右にある葛飾北斎作の『絵本庭訓往来』は教科書というよりは絵を楽しむ子供絵本としての側面が大きい。冒頭に「春始御悦、向貴方先祝申候華。富貴萬福猶以幸甚々々」など相手方の祝福を籠めた取り留めのない話で始まり、絵そのものにそれほどの意味はない。しかしだからこそ絵そのものに重きを置くため楽しく学ぶことができるようになっている。