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    「春画を見る・艶本を読む」展

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近代における春画の検閲

近代に入り、前時代の風習や風俗が政府によって否定される中で、春画も例外なく社会から排除されるようになります。ここでは、明治・大正期における春画への取締や人々の意識の変化を追いながら、どのように春画が「タブー」となっていったのかに迫ります。

明治5年(1872)違式詿違条例
 ∟20 『京都府違式詿違条例図解』

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西村兼文編『京都府違式詿違条例図解』
明治9年(1876)
国立国会図書館デジタル資料(特39-833)
 

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明治期の春画
 ∟21 「年頃の娘」

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絵師未詳 「年頃の娘」
四つ切判錦絵 明治中期以降
個人コレクション(Ebi1149_03)
 

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明治期の春画
 ∟22 「看護婦と軍人」

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絵師未詳 「看護婦と軍人」
四つ切判錦絵 明治中期以降
個人コレクション(Ebi1149_06)
 

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春画の大検挙
 ∟23 「東京朝日新聞」

明治に入ってすぐに春画の取締が始まる。新聞記事を通覧していると、しばしば発売禁止や販売者の逮捕・拘引などの記事を見付けることが出来る。ただし、それほど大々的な取締が行われていたわけではなかった。
しかし、明治38年(1905)を期に、大規模な検挙や取締が行われたという記事が頻繁に掲載されるようになる。折しも、明治37年(1904)年から始まった日露戦争の真っ直中である。終戦と前後して、春画に対する風当たりは強くなっていく。
明治39年(1906)の第1回目の検挙で10数名、第2回目の検挙では37名が逮捕され、証拠物件は約8000点にのぼった。8月には猥褻絵葉書55種総計1222組、紙数にして約1万枚を押収したという記事がある。
春画販売者に対する検挙は留まることを知らず、この10日後にはさらに13名が告発され、板木500組、5000枚が押収された。

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様々な形式の春画-肉筆春画
 ∟24 [明治肉筆春画帖]

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絵師未詳 [明治肉筆春画帖]
絹本著色画帖一冊 明治期(1868-1913)
国際日本文化研究センター蔵(005039466)
 

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様々な形式の春画-透かし絵
 ∟25 [透かし絵春画]

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絵師未詳 「透かし絵春画」絵葉書一枚
明治30年代末(1904-1907)
石黒敬章コレクション蔵
 

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