C1 長唄正本

 長唄は、歌舞伎の舞台を中心として演奏される日本の音楽の一つです。その詞章は、木版印刷で出版されていました。
出演者の絵姿や演奏者の名前の一覧(絵表紙)、あるいはタイトルだけを印刷した表紙をつけ、そのあとに半紙 3、4丁分程度の和紙に詞章を印刷して綴じ合わせた薄い冊子(薄物正本)です。「長唄」には、歌舞伎舞踊の伴奏音楽のほか、芝居の劇中に「書置き」「髪梳」などの場面で演奏される「めりやす」のような短い曲もあるため、表紙と詞章1枚(1丁)だけの作品もあります。主に江戸の劇場で初演されましたが、上方の劇場で演奏されたものもあり、また歌舞伎から離れた「お座敷長唄」の稽古本も、多数残っています。
 人気のある曲は、初演後も同じような体裁の「絵表紙」の稽古本が繰返し出版されました。竹内文庫には5100冊余りの長唄正本がありますが、このコレクションの特色は、同じ曲目の正本(稽古本)を数多く所蔵しているという点にあります。たとえば「京鹿子娘道成寺」の場合、稽古本は70冊もあります(残念ながら、初演時の正本はありません)。この曲が江戸時代の人々に愛好され、いくつもの版元から稽古本が繰り返し出版されていたことが、この点からもわかりますが、同時に長唄正本が江戸時代から近代に至るまでどのように出版されてきたのか、その実状をきめ細かく探っていくことのできる唯一無二の規模を誇るコレクションなのです。

 日本音楽史、歌舞伎史、出版文化史、さらには、浮世絵研究などの資料として、是非ご活用ください。