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恋合 端唄づくし お染 久松

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画題:「恋合 端唄づくし お染 久松」

絵師:三代目豊国   落款印章:任好 豊国画(年玉枠)

出版年月日:万延01(1860)・10

版元名:若狭屋 与市

上演年月日:

上演場所:江戸(見立

配役:お染…三代目岩井粂三郎(見立)  久松…十三代目市村羽左衛門       

■翻刻

夕ぐれに ながめみあかぬ すみだがわ つきにふぜいはまつちやま 帆かけた船がみゆるぞへ アレ鳥(とり)が鳴(なく)鳥のなの みやこにめいしょがあるわいな きぬ〳〵になごりつきせぬれたどし じつにふたりがあくえんと四ッの袖を しぼるぞへ アレ鳥(とり)が 鳴(なく)かねがなるたがいの 浮名(うきな)がたつわいな


*現代語訳

夕暮れに 眺めることが見飽きることがない 隅田川 月に風情は 待乳山 帆をかけた船が見えるのだぞ あれ鳥が鳴く 鳥の名も 都に名所があるよねぇ 別れに名残      本当に二人が 悪縁と四つの袖を しぼるのだぞ あれ鳥が鳴く 鐘がなる互いの 噂話が立つよねぇ 



■題材

お染 久松

今宮の心中』 『心中鬼門角』 『お染・久松 袂の白しぼり』 『染模様妹背門松』(浄瑠璃) 『新版歌祭文』(浄瑠璃) 『お染久松色読販』 『鬼若根元台

■梗概

久松の父親の切腹により、追腹した三平の妻で久松の乳母にあたるお庄は六歳の久松を野崎村に住む自分の兄久作に預ける。久松は大坂油屋に奉公するが養親としての久作は娘のお光と夫婦にさせるつもりでいた。ところが、久松は油屋の娘お染と恋仲にあり、お染は久松の子を身ごもっていた。しかも、お染は借銭のため質屋の山家屋佐四郎と結納をかわしていた。


(座間社の段) 佐四郎が座間明神へお百度詣りしているところに、久松と油屋の下人小助が通りかかる。小助は佐四郎とお染の仲を取り持つふりをして佐四郎からお金を巻き上げていた。そして集金したお金も小助は仲間たちとともに久松からだまし取る。お染はこの時、集金に出た久松を追ってきていた。

(野崎村)小助と久松は、久松の実家である野崎村に行き、小助は久松の養父久作に久松が取引先のお金をだまし取ったと責め立てる。久作は小助にお金を渡し帰らせ、ちょうどいい機会だと娘のお光との結婚を急がせる。そこへ、野崎参りとかこつけて久松を追ってきたお染が登場。久松はお染に自分のことを諦め、山家屋へ嫁入りしろと言うが、お染は自害を試みる。久松もその情にほだされるが、この話を立ち聞きしていた久作が意見してくる。一方、お光はお染久松が心中すると聞いて、自ら身を引き尼となった。無理に久松と祝言をすれば、お染久松が心中することを知っての行動であった。そこへお染の母親お勝が訪れ、小助が騙った以前の金子を改めて尼御へ布施と贈り、これで表向きのことはすんだと、お染久松を連れて帰る。世間をはばかり久松は駕籠に、お染は母と舟に乗り別れ別れに帰っていく。その遠ざかっていく姿を尼になったお光と久作は見送るのであった。

■登場人物

*お染…浅草瓦町の油屋の娘お染は、お百度詣りにかこつけて、丁稚の久松と忍び逢う。久松の子を身籠っているお染は、山家屋との縁談を嫌い、土蔵の中に閉じ込められた久松と心中を誓う。悪者に駕篭で連れ出されたお染は、向島の土手で久松に助けられる。


*久松…油屋の丁稚。お家帰参のために牛王義光の刀を探す設定は、『新版歌祭文』による。

■配役

*三代目岩井粂三郎

1829-1882。七代目岩井半四郎の子。初め子役として岩井久次郎と名乗り江戸の舞台に勤めていたが、天保3年(1832)三代目粂三郎と改める。弘化元年(1844)父が七代目半四郎を襲名し3月中村座「姿花寝鏡山」で同席。翌2年父が没し、4年祖父が没す。文久3年(1863)中村座で二代目紫若と改める。明治15年(1882)春木座に2~3日勤めたが発病し、そのまま死去。幕末から明治初期の若女方の名優であった。

(「歌舞伎人名事典」、紀伊國屋書店、2002年6月25日)



*十三代目市村羽左衛門

1844-1903。十二代目市村羽左衛門・とわの次男として生まれる。初め二代目市村九郎右衛門と名乗る。嘉永4年(1851)市村座「蓬莱山世嗣曽我」に父が五代目市村竹之丞を襲名したため、十三代目市村羽左衛門を襲名し市村座を相続。明治元年市村座「梅照葉錦伊達織」に五代目尾上菊五郎を襲名、弟に市村羽左衛門を譲り市村座を相続させる。翌二年、中村座の座頭となる。明治36年脳溢血のため死去。明治の一大名優と云われた。

(「歌舞伎人名事典」、紀伊國屋書店、2002年6月25日)

「お染の七役」について

「お染久松色読販」は、なんと言っても「お染の七役」で有名である。

五世岩井半四郎が七役を早替わりで演じて、目にもとまらぬ変わりようの鮮やかさで

客を呼ぼうとしたのである。

早替わりは芸術的にはあまりいいものではなかったが、普通で平凡な歌舞伎に飽きてしまった

観客は好奇心や珍しいものみたさで、たちまち早替わりが流行し、

特に文化年間では非常に流行したのであった。

絵本番付から読み取る

そめもやう お染久松(豊国)
お染久松色読販(豊国)
傾城矢数誉、新板歌祭文
傾城品評林、鬼一法眼三略巻、染模様妹背門松
浜真砂劇場絵本、お染久松色読販、心中翌の噂


 この浮世絵に見られるような、久松とお染の姿は他の「染模様妹背門松」でも見られる。

お染が傘をさして立ち、その左下に久松が座っており、お互いに見つめあっている姿が

この二つの絵には共通しており、同じ場面を表していると考えられる。


また、1850年三代目豊国が描いた「でつち久松油屋おそめ」 という画題の

『お染久松色読販』の浮世絵にも

似たような姿をするお染と久松を見ることができた。

この本題の浮世絵や「染模様妹背門松」では、久松はお染に背を向けているように見られたが

「お染久松色読販」の「でつち久松油屋おそめ」では、久松はお染と向き合うような形で座り込んでいるのがわかる。

二人の姿に少し異なる部分はあるが、これらの浮世絵はすべて

物語の同じ場面が描かれていると考えることができる。


次にこの場面を絵本番付で探してみる。


「新版歌祭文」や「染模様妹背門松」の絵本番付で、この場面に近い絵は見られたが、

少しづつ欠けており、この場面の絵であると特定することはできなかった。

しかし、「お染久松色読販」の絵本番付では、三代目豊国が描いた「でつち久松油屋おそめ」 の浮世絵と

一致する絵を見つけることができた。また、この絵は絵本番付の最後のほうに登場していることから

「でつち久松油屋おそめ」は物語の最後のシーンを描いたものであると考えられる。

よって、今回調べている浮世絵も「お染久松色読販」の最後のシーンを表したものだと考えられる。


また、『江戸芝居絵本番付集(一)』において、1848年の「お染久松色  」の絵本番付を見ることができた。

そこには「心中二世紫」の段において、このお染と久松の姿を見ることができた。

「お染久松色読販」の物語最後で二人の心中が描かれているため、この浮世絵は

二人の心中を描いているという可能性が考えられる。


*「江戸芝居絵本番付集(一)」 平成4年3月15日 牧製本

物語と絵の関係について

  • 日本戯曲全集第一二巻(昭和4年9月25日、春陽堂)より

「お染久松色讀販」 浄瑠璃「心中翌の噂」

・「夜櫻や隅田川原へ棹さして、舟の中には何とおよるぞ苫を敷き寝の梶まくら…」

・「爰にお染、お高粗頭巾にて、吹替への久松、頬冠りして相合傘にて立ち身。この形にて押し出す。」

まとめ

今回取り上げた「お染久松」は、時代の流れとともにさまざまに物語が変化されてきたが

この「新版歌祭文」では、新たな登場人物お光の存在により、より物語は複雑になり

また深くなっていったのではないかと考えられる。

この絵の場面を、絵本番付で見つけることができなかったが

この絵に用いられた端唄から読み取ると

大阪に別々の船で引き戻されるお染と久松が

互いに異なる船に乗り込むのを、悲しみためらって

見つめあっているのではないかと考えられた。

今後の課題としては、絵本番付でこの場面を見つけることができなかったので

そこを明らかにし、さらに研究を進めると共に

見立てであるこの絵と、実際の歌舞伎の配役であった沢村田之助についても明らかにしていきたい。


<引用・参考文献>

・「寿式三番 ・一谷 軍記・新版歌祭文・艶容女舞衣・花競四季寿」 国立劇場 昭和62年1月3日

・「歌舞伎人名事典」 紀伊国屋書店 2002.06.25

・「歌舞伎登場人物事典」 白水社 2006.05.10

・「演劇百科大事典1」 平凡社 昭和35年3月30日

・「日本文学地名大辞典」 遊子館 2003.1.21

・「歌舞伎年表第七巻」岩波書店 昭和37年3月31日

・「日本音曲全集第十巻」 日本音曲全集刊行會 昭和2年10月30日

・「浮世絵歌舞伎シリーズ2 南北物語」 學藝書林 1988.11.16 

・「歌舞伎名作辞典」 演劇出版社 平成8年8月10日

・「新版歌祭文 白水社 2001年5月31日

・椿亭文庫歌舞伎・浄瑠璃番附検索システム[1] ・JapanKnowledge [2]

・ARC浮世絵検索システム