考古学の遺物実測作業では、三角定規・直定規・キャリパー・マコとともに、仏式ディバイダーが不可欠です。すべて手作業で詳細な計測を進めています。

仏式ディバイダーは針を交換できないという難点はありますが、左手に土器、右手にディバイダーをもち、右手だけで土器の寸法を測るのにとても便利です。三角形になった部分が片手でディバイダーを広げたり、狭めたりするのに不可欠です。通常のディバイダーでは両手がふさがり、作業が非効率です。

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今年の遺物実測作業の準備中、その仏式ディバイダーが不足していることがわかり、注文しようとしました。ところが、ウチダほか主要メーカーで製造中止になっていることが判明しました。そこで知り合いを通じて京都で一番大きな画材屋・画箋堂さんにお願いしましたところ、問屋などの在庫を探しまわって、やっと4個見つけて下さいました。「古い在庫品のため、錆びているがそれでもよいか」と確認されましたが、ほとんど気になりませんでしたし、何よりも、最後になるかもしれませんから、ありがたいことでした。この4個は片方の針だけを交換できるタイプのもので、今まで使ったことのないものでしたが、使い勝手は変わりませんでした。大変助かりました。

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「最後の」仏式ディバイダー4つ

「仏式ディバイダーが生産中止になったことを知っているか」と数人の考古学関係者に聞いてみましたが、製図ペンの時とは全く違って、皆さん初耳で驚いていました。毎年買うようなものではありませんが、おそらく、かなりの考古学関係者が驚き、困ると思います。これから実測を学ぶ学生たちは不便なディバイダーで実測を覚えなければなりません。私の学生時代から、ウチダの仏式ディバイダーは「英式ディバイダー」の箱に入れて販売されていました。なにか釈然としませんでしたが、それほど、仏式は需要が少ないのだと店頭で説明を受けたと記憶しています。その意味では、ようやく、近年になって製造停止になったということなのかもしれません。

考古学の発掘現場ではデジタル化が進み、写真測量の技術や3Dの技術も進歩しています。しかし、図面の仕上げは基本的に人力に頼っています。遺構をどのように認識するのかは、基本的に人の判断が不可欠です。遺物実測図はそれ以上に観察眼に頼った、人間の判断の塊ですから、それを補助する仏式ディバイダーの生産中止は大きなショックです。

パソコンの普及によってインスタント・レタリングやスクリーン・トーンは生産中止になりました。考古学ではこれらも便利に使用していましたが、社会全体の需要減を補うようなものではありません。随分以前ですが、製図用ペンもロットリング社が製造を中止すると噂されたため、まとめ買いしたことがあります。幸い、その後も販売は継続されていますが、考古学の世界で製図用ペンを使用する人は確実に減少しています。おそらく、遺物の実測図も将来は3Dに置き換わる日が来るでしょうが、実測作業を完全に機械化できる日は、まだまだ遠い将来のことだと思います。それ以前に、このような手作業の道具類が失われてしまうと、とても困ります。

もちろん、このディバイダーはもともと、考古学専用のものではありません。転用してきたにすぎません。これまでのように転用するだけでは、記録すら残せないようになる可能性があります。今後は、不便なディバイダーを補充するしかありません。海図用ディバイダーはまだ若干とりあつかっているようですから、それも試してみたいと思います。とにかく、もっと便利なものを探すか、自前で作成するしかないようです。