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NEWS LETTER
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【ISSUE.004】
書跡のなかの宸翰
文化財のデジタル保存・モデリングおよびインタラクションシンポジウム


「Digital Art Entertainmentとしてのテレビゲームの研究」では、京都で生み出された最も新しいグローバル・エンタテインメントであるビデオゲームに焦点を当てながら、コンピュータゲームという新しいエンタテイントがどのように創成され、どのように新しいエンタテインメンタリティを創発していったのかを明らかにする研究をすすめている。そもそも、このような研究を進めるためには、対象であるゲームソフトウェアを素材として自由に参照できる環境が必須であるが、現在のところそれに類する組織や機関は存在しない。
その理由としては、動的でインタラクションを伴うコンテンツをデジタルアーカイブするというコンセプトと方法論が成立していないということが根本にある。ここでは、動的でインタラクションを伴うコンテンツの代表としてのビデオゲームのライブラリー(ゲームアーカイブ)を構築する際の課題と展望についての研究経過を報告する。


1983年にテレビゲーム機「ファミリーコンピュータ」が発売されて以降、多くのテレビゲームソフト作品群が生み出されてきた。テレビゲームは一般家庭に普及したテレビ受像器を使う家庭用娯楽機器ではあるが、その実体はコンピュータを駆使した新しいAV機器と考える事ができる。VTRやDVDプレイヤーと同様、テレビ受像器の周辺機器としての性格を持っている。半導体技術やコンピュータ技術の高度化につれ、テレビゲーム機がテレビ画面に映し出す映像は次第にリアル化され、迫力ある映像でゲームを楽しむことが可能になってきた。
テレビゲーム機の最大の特徴はテレビ画面に映し出された映像をテレビゲーム機に備え付けられた専用のコントローラで操作することが出来るところにある。この特徴を駆使することで、誰もが楽しめ、一人遊び可能なゲームに仕立てることが出来たところに、テレビ受像器の周辺機器として急速に普及する一因があった様に思われる。
ファミリーコンピュータの普及をきっかけに急速に進歩したテレビゲーム機が生み出してきた膨大な作品群は絵画や映画等と同様に、新たなコンピュータゲームソフト作品を生み出すための研究素材として重要である。そのためには、まず過去に開発されたテレビゲーム機とテレビゲームソフトを研究素材として活用できる形で保存する事が必要であるといえる。
しかし、個人としての取り組みを除くと、「ゲームアーカイブ」を指向した組織的な取り組みは多くはない。数少ない取り組みとしては、「テレビゲーム・ミュージアム・プロジェクト」[1]や、「ゲームアーカイブ・プロジェクト(GAP)」[2]などがある。
また、国立国会図書館は、2002年度より「パッケージ系電子出版物」としてのゲームソフトを納本制度の対象として収集しており、2009年度を目処にその一部をデジタルアーカイブに構築する準備を進めている[3]。2003年、2004年には東京都立写真美術館、国立科学博物館で初めての本格的なゲーム展覧会が開催された[4]。しかし、いずれの取り組みもコンピュータゲームの歴史と蓄積を網羅するものにはなっておらず、初期のソフトウェア、ハードウェアについては依然として散逸が危惧される状況が続いている。

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コンピュータゲームは、その多くが文化的側面をもつ商業的な科学技術知財であり、通常のリニア的動画類と比較すると、プレイヤーとしてのユーザーによる相互操作性を内包する特異なコンテンツである。この意味で、保存しなければならない主な内容は下記の5点である。

@ 動画キャラクタと背景画
A 効果音と背景音楽
B ゲームの展開順序
C コントローラのボタン操作とゲーム画面の関係
D コントローラのボタン操作感覚(ゲームプレイ感覚)

 次にゲーム保存の方法について、現状では下記の3種類の方法が考えられる。

@ 現物保存:テレビゲーム機本体とソフト及び取扱説明書類等の付属資料の現物保存。
A エミュレータによる保存:テレビゲーム機と同じ機能を有するエミュレータをパソコン等の汎用コンピュータ上で作動させ、エミュレータソフト及びテレビゲームソフトをデータとして保存及び取扱説明書類等の付属資料の現物保存。
B ビデオ映像による保存:テレビゲームを実際に遊んでいる映像(プレイ映像)をVTRやパソコンを使用してビデオ映像データとして保存及び取扱説明書類等の付属資料の現物保存。

 そして、ゲームアーカイブの目的については、さしあたり他の標準的なアーカイブ財にならって「保存・所蔵」、「展示・展覧」、「利用・活用」という大まかなカテゴリーを想定するならば、ゲームアーカイブのための手段と目的のマトリックス、すなわち全体パースペクティブを見いだすことができる(図1)。

  ここで、ゲーム保存の方法と保存すべき内容の相関的特徴を考えてみると、下記のようになる。

@ 現物保存は、保存内容@〜D全てを保存可能である。しかし現物保存なるが故に多くの利用者が同時に活用出来る研究素材としては適していない。
A エミュレータ保存は、保存内容@〜D全てを保存可能である。しかもデータ状態での保存のため、多くの利用者が同時に活用することが出来る。
B ビデオ映像による保存は、保存内容@〜Bは保存可能であるが、コントローラ操作に関する保存内容CとDの情報を保存することは出来ない。しかし多くの利用者が同時に活用する事が出来る上、利用者が自らゲームプレイする必要がないため、利用者が直接ゲームプレイ出来ない操作の複雑なゲームに関しても研究する事が可能である。また映画や放送等の映像資料を保存するために開発された仕組みを活用して保存することも可能である。

 この全体パースペクティブに照らしてみると、上述したゲームアーカイブの先行事例は図1の丸数字1から4に該当する取り組みであることがわかる。本プロジェクトでは、それらの先行事例を踏まえて、現在のところ本格的な取り組みが見られないゲームアーカイブの方法論である「エミュレータ」と「ビデオ映像」(図1の丸数字5と6)によるアーカイブ構築のための研究をすすめている。


エミュレーションを利用したゲームソフトウェアの保存と利用については、いろいろなレベルの実践や試みがあるが、ソフトウェアエミュレートでは、コントローラの操作感などを含む全体性のあるアナログ的エンタテインメンタリティを保存・再現しえない可能性が残されている。本研究では、そのような意味でのゲーム性のトータリティを再現しうる最適化デザインとして「エミュレーションボックス」(ハードウェアエミュレータ)を構想し、任天堂株式会社の許可を得て同社の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」を対象とした試作を行った。
 まず、サーバに対して、汎用コンピュータ(パソコン)を介してゲームソフトのROMデータをアップロードとダウンロードをする部分と、全てのROMカセットに対応するMMU(メモリマネージメントユニット)機能を有したROMカセットのエミュレート部と、ディスクシステム機能をエミュレートした部とを兼ね備えたエミュレートボックスを既存のファミコン本体と組み合わせて実現するファミコンのエミュレーションボックスを設計した。(図2)
しかし、サーバー・クライアント型のエミュレーションボックスには、ファミコンの全タイトルでおよそ10種類程度あると推定されるMMUの種別ごとのエミュレーション回路が必要になるため、まず基礎的なMMU構成(バンクSW無し)のソフト(2タイトル程度)を対象にして、パソコンをファイルサーバとしたROMデータのファイルを作り、ROMカセット部分に相当する「スタンドアロン型エミュレートボックス」を試作し稼働させた(図3と4)
この研究によって、原理的には図2のようなサーバー・クライアント型エミュレータによって、当該時期の標準的なコンピュータ環境を用いて特定のプラットフォームのビデオゲームソフトを非常にコンパクトにアーカイブすることが可能であるという展望を得ることができた。

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ビデオ映像によるゲームアーカイブは、一定のゲーム操作スキルを有したプレイヤーによって、ゲーム操作画面をビデオ撮影することによって制作される。
 しかし、ビデオ映像による保存は、そのままではテレビゲームの特徴であるコントローラ操作に関連する情報を記録・保存できない欠点を持っている。そこで、テレビゲーム機のコントローラボタンの操作状況を可視化する装置(ボタン映像ボックス)をテレビゲーム機に新たに付け加え、その装置を市販のビデオカメラで撮影記録する事で、テレビゲームのコントローラのボタン操作状況をビデオ映像(以後ボタン映像と呼ぶ)として保存する事が可能にな1-14る。この「ボタン映像」を保存するために下記のような記録装置を試作した。
 さらにボタン映像とビデオ映像の時間関係を調整した上で画面合成したビデオ映像(「ビデオゲーム・ボタン映像」と呼ぶ)はゲームの保存内容C「コントローラのボタン操作とゲーム画面の関係」を直接観測可能なビデオ映像となる。
 本プロジェクトでは、このような試作装置を利用して、テレビゲーム史に残る過去のメジャータイトルを中心とした「ビデオゲーム・ボタン映像」をアーカイブ化する作業を進めている。図7は、ファミコンソフトの「ドンキーコング」の例であり、ドンキーコングのプレイ画面と同期した「ボタン映像」が右下に表示されている。
このような実験から、テレビゲームのゲームプレイをビデオ映像化して保存する場合、「ビデオ映像」、「ボタン映像」、「ビデオゲーム・ボタン映像」の3種類の映像として記録・保存することで、保存内容D「ゲームプレイ感覚」以外のすべてのテレビゲームに関する情報を保存することが可能になることが知見として得られた。

以上のような研究から、ゲームアーカイブを構築する新しい方法論である「エミュレータ」保存と「ビデオ映像」保存についていくつかの独自の知見を得た。
 エミュレータによるゲーム保存は、ゲーム内容の保存についてはバランスのとれた方法であるが、「コントローラのボタン操作感覚(ゲームプレイ感覚)」については、ゲームハード、特にコントローラの特性に依存する性格が強いため、ソフトウェアエミュレータによる保存では限界がある。エミュレータによるゲーム保存の可能性としては、開発コスト、ランニングコスト、技術リスク、インタフェース、総合的な操作感等のトータルバランスをどう実現するかというデリケートな問題を踏まえて、ハードウェアとソフトウェアの総合的なエミュレーションのデザインを判断していく必要がある。
 ビデオ映像によるゲーム保存は、全く新しいゲームアーカイブのアプローチであるが、プレイヤーの操作情報を内包した保存になるため、「コントローラのボタン操作とゲーム画面の関係」、「コントローラのボタン操作感覚(ゲームプレイ感覚)」が欠落する構造になる。しかし、我々の「ビデオ画像」と「ボタン画像」の同時保存アプローチによれば、「コントローラのボタン操作とゲーム以上のような研究から、ゲームアーカイブを構築する新しい方法論である「エミュレータ」保存と「ビデオ映像」保存についていくつかの独自の知見を得た。
 エミュレータによるゲーム保存は、ゲーム内容の保存についてはバランスのとれた方法であるが、「コントローラのボタン操作感覚(ゲームプレイ感覚)」については、ゲームハード、特にコントローラの特性に依存する性格が強いため、ソフトウェアエミュレータによる保存では限界がある。エミュレータによるゲーム保存の可能性としては、開発コスト、ランニングコスト、技術リスク、インタフェース、総合的な操作感等のトータルバランスをどう実現するかというデリケートな問題を踏まえて、ハードウェアとソフトウェアの総合的なエミュレーションのデザインを判断していく必要がある。
 ビデオ映像によるゲーム保存は、全く新しいゲームアーカイブのアプローチであるが、プレイヤーの操作情報を内包した保存になるため、「コントローラのボタン操作とゲーム画面の関係」、「コントローラのボタン操作感覚(ゲームプレイ感覚)」が欠落する構造になる。しかし、我々の「ビデオ画像」と「ボタン画像」の同時保存アプローチによれば、「コントローラのボタン操作とゲーム画面の関係」について、利用者が直接ゲームプレイ出来ない操作の複雑なゲームに関しても保存、研究する事が可能である。
 コンピュータゲームは、同じ映像創作物である映画等とは違い、その映像を操作し遊んだ人の遊びの感性も同時に加味される所に今までになかった新しい創作物の特性があると考えられる。このような観点からすれば、ゲームの映像保存によるアーカイブは、「創作者と遊び手の感性の記録・保存」として、ゲーム開発者の感性だけでなく、遊び手の感性も同時に記録・保存することが可能となり、後世の研究素材として価値あるものとなることが予想される。

注・参考文献

[1] ゲーム音楽家のすぎやまこういち氏、ゲームデザイナーの桝山寛氏らを中心として結成。主にビデオゲーム期以前のアーケイドゲームマシンを収集し研究対象として整理・保存・展示している。テレビゲーム・ミュージアム・プロジェクト編『電視遊戯時代-テレビゲームの現在-』ビレッジセンター出版、1994年を参照されたい。

[2] 京都府、京都リサーチパーク株式会社、立命館大学の産学協同プロジェクト。任天堂株式会社、株式会社セガをはじめとするゲーム会社の協力を得て、コンソール型のビデオゲームを中心にハードとソフトの収集・整理・保存を行ってきた。細井浩一・砂智久・中垣剛・山根正裕「デジタルアーカイブの社会的利活用とその政策的課題について-GAP(ゲームアーカイブ・プロジェクト)の活動から-」立命館大学『政策科学』第6巻2号、1999年3月を参照されたい。

[3] 国立国会図書館『電子情報の長期的保存とアクセス手段の確保のための調査報告書』平成17年3月。

[4] 東京都立写真美術館「レベルX」、2003年。国立科学博物館「テレビゲームとデジタル科学展」、2004年。「レベルX」の図録出版として、東京都立写真美術館『ファミリーコンピュータ 1983-1994』太田出版、2003年がある。
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