『全相平話』刻版技術と迫力

『前漢書平話』「恵帝が凌煙閣に遊ぶ」左面

『全相平話』の版画(図像)は、研究者によってさまざまな評価がなされてきました。なかなか良いと言う研究者もいれば、あまりよくないと言われることも...。

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全体をみてゆくと、結果的には精緻な刻版がされているものもあれば、粗雑なものもある、といえそうです。『全相平話』は、14世紀中国のあくまでも民間業者が作った出版物です。ですから、その二つの側面をどちらとも有していると考えられます。この時代のアートで現代に伝わるものは、たいがい宮廷関連や、一流の書画作品、最高級の美術品であるので、そうしたものと対比してしまうと、おのずと評価は下がってしまいます。そうした尺度で見るのは、ちょっと違うでしょう。もう少し丁寧に作れたはずなのに...、ちょっと雑だな...と思ってしまうところは多々ありますが、確かな表現力や技術力を見せるところもあります。

『全相平話』版画のそうした一面を紹介したいと思います。

左は、『全相平話』の原本を調査した際の写真です。『前漢書平話』「恵帝遊凌煙閣」の左端にある建物「凌煙閣」の屋根の一番上の部分を計測してみると、1cmの幅に13本程度の縦の黒線が入っています。建築物を絢爛豪華に見せるため、精度の高い技術が注ぎ込まれていることがわかります。

『全相平話』五種の冒頭の図像には、それぞれを印刷した木版(版木)を作った人物の名前が記されています。『秦併六国平話』には「黄叔安」、その他の4つには「呉俊甫」の名前が見えます。

次もまた「樵川の呉俊甫」と名乗る刻工が彫った図像を見てみましょう。


『武王伐紂平話』「湯王が網を祝(いの)る」

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「湯王祝網」(右の写真)の網の表現も注目に値します。

ご存じのように版画は彫刀などで木版を削ってくぼみをつくり、そのくぼんだところが印刷されると「白」になる。この網の目が白いということは、1mm四方以下のくぼみを、4センチ×2センチの菱形状のスペースにぎっしり彫り続けて、こうなったわけです。しかも、この網はたわんでいるように見えます。つまり直線と直線を交差させるのではなく、黒い曲線と曲線を交差させて表現しています。1mm以下の四角のくぼみを、摺りだされる黒線が曲線でクロスしているように作り続け、そうした細かい作業によって、ゆるやかなたわみを持つリアルな網ができあがるのです。この4センチ×2センチのスペースは、『全相平話』を作り出した職人(刻工)たちの技術力の高さを示しています。

ちなみに、中央やや左にいる、左を向いている人物は、殷王朝の建国者・湯王です。各作品の冒頭には、聖王・明君が登場し、ひときわ立派な図像になっています。

なおこの写真では、画面スペースの縦(たて)が6センチ強しかありません。横幅は26センチほどです。かなりの横長の画面であり、縦に窮屈な中で、さまざまな絵柄が描き込まれていることが分かります。


版画を印刷する木版(版木)を作ったのが刻工であるとすれば、もともとの絵柄を描いたのは誰なのか?日本の浮世絵であれば、「絵師」に相当する人です。

『全相平話』が収録する図像のある程度は、もともと絵解き芸能で使用されていた絵巻の絵柄を転写して版画にしたものと思われます。既存の絵巻の絵柄をコピペした、その版画版ということです。そのため、横長という画面で、右から左に向かって時間と物語(場面)が展開してゆく絵が多いのです。このオリジナルの絵巻の作者を探すのは、かなり難しいでしょう。

ただ、絵解きという芸能に使われていた絵ですから、観衆たちをワクワクドキドキさせるよう描かれたはずです。その時は白と黒だけでなく、彩色も施されていたでしょう。宮廷や冥途の風景を見てびっくりしたり、凶悪なシーンにゾッとしたり、イケメンや女性の裸に興奮したり。そうしたワクワクドキドキを引き出せる画家がいたはずです。あるいはその絵巻自体も、もっと古い時代にさかのぼる原・原画があり、そこから何度か転写を繰り返していたのかもしれません。

ここでは、迫力のある図像を2つ見ていただきたいと思います。

一つは、普通の牛が闇夜に紛れて「怪獣」となって襲ってきて、暴れまくる図像。もうひとつは、神様として崇められていった関羽の活躍のシーンです。

七国春秋平話』「田単の火牛の陣が燕兵を破る」

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『三国志平話』「関公が蔡陽を斬る」

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国立公文書館内閣文庫蔵『全相平話』五種

新刊全相前漢書続集』巻中・10葉「恵帝遊凌煙閣」

新刊全相武王伐紂書』巻上・1葉「湯王祝網」

新刊全相楽毅図斉七国春秋後集』巻中・9葉「田単火牛陣破燕兵」

『至治新刊全相三国志』巻中・7葉「関公斬蔡陽」

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