「迫力・黒白・三国志」エリア01 メッセージ

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「赤壁の鏖兵(おおいくさ)」

『全相平話』五種『至治新刊全相平話三国志』巻中・18葉


迫力・黒白・三国志

この展示ルームは「迫力・黒白・三国志」というテーマで、日本と中国の近世に作られた「三国志」とその周辺の版画作品を展示しています。

「三国志」といえば、もともと中国の後漢時代の末期から魏・呉・蜀の三国時代の歴史を書いた歴史書『三国志』のことを指しますが、現代ではその時代を舞台にして描かれたさまざまな文化コンテンツを含めて、そう呼び習わしています。中国では昔から「三国志」関連の講談や演劇などの芸能があり、その集大成の一つが白話小説『三国志演義』でした。それは日本や朝鮮半島などにも伝播し、各地の文化と融合して定着し、いまやゲームやドラマ・映画・漫画・小説・コスプレなどさまざまな形式のコンテンツに広がっています。

版画は、紙の上に現れる黒と白で図像が描き出されます。日本や韓国などでは、小中学校の「図画・工作」「美術」などの授業でおなじみで、実作された方も多いと思います。あの超シンプルな原理で「三国志」の物語がいかに描かれてきたのか、あまり世に知られていないその迫力満点の版画を見てゆくのが、この展示ルームの主旨です。


中国・14世紀の「三国志」版画

エリア01のテーマは、中国の14世紀に作られた出版物『全相平話』五種の版画です。これは日本の重要文化財になっているもので、そのうちの『三国志平話』は、白話小説『三国志演義』よりも前にあった「三国志」の物語を伝えるものと考えられています。

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『全相平話』は、モンゴル王朝が支配していた元から、漢民族王朝の明へと変わる変革期に作られた出版物で、いつのころか日本に渡来して現代につたわり、その貴重さから重要文化財に指定されています。

この出版物の成立を知る手がかりは、表紙を開いた裏側に貼られた「封面」にあります。その最上部に「建安虞氏新刊」とあり、現在の福建省北部の建安地域の、「虞」という姓の出版業者が作ったことが分かります。元や明の政治の中心は北京でしたので、そこからは遠く離れていますが、中国の近世期に福建省北部は大量の出版物を生み出す出版センターとなっていました。特に明代の中期からは、図像のついた白話小説を多く作り出しました。

『全相平話』には、中国の歴代王朝の興亡を語る、5つの作品を収められています。その内容は、歴史書の内容とかけ離れることが多く、民間で伝わっていた説話や演劇の内容と近いことが多くあります。5つの作品は以下の通りです(※( )内はこの展示内での略称)。

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  1. 新刊全相平話武王伐紂書 (『武王伐紂平話』)
  2. 新刊全相楽毅図斉七国春秋後集 (『七国春秋平話』)
  3. 新刊全相秦併六国話 (『秦併六国平話』)
  4. 新刊全相前漢書続集 (『前漢書平話』)
  5. 至治新刊全相三国志 (『三国志平話』)

ここではその中から『三国志演義』の原型とも言われる『三国志平話』、同じく『封神演義』の原型とされる『武王伐紂平話』などの版画を見てゆきます。

上図下文スタイル

『全相平話』が貴重書とされるのには、さまざまな理由があるのですが、その一つが本の形です。このページの最上部にある『三国志平話』「赤壁の鏖兵(おおいくさ)」を見ればわかるように、紙面の上部に図像があり、その下に文字テキストがあります。文字テキスト部分には当時の口語(話し言葉)で物語が記され、それに対応するような図像が上部に掲げられています。一つの出版物の中に図像と文字が併存する際のよくあるパターンですが、『全相平話』はその初期の例とされています。後世には当たり前にみられる形式が、どのようにして始まったのか。誰も疑問に思わない「常識」を疑い、物事の源泉を探求すると、意外な真相に出会えます。

この文字テキストは、『全相平話』が発見されて以来、読みにくいところが多いことで知られてきました。当時の口語体で書かれ、さらに誤字やあて字もたくさん見られ、確かに読みにくい。何らかの芸能とのかかわりが考えられてきたのですが、この図像と文字テキストを合わせた全体で、当時の絵解き芸能の姿を伝えるものではないかという意見が出てきました。二本の軸に巻いてある絵巻を右へ左へ開け閉めしながら、物語を語る「絵解き芸能」です。ここで見てゆく版画作品も、かなりの横長の画面で、右から左へ見て行ったり、画面を少しずつ開いたり閉じたりしながら見たほうがおもしろく、分かりやすいものが多いのです。

この展示ルームでは、いくつかの版画を動画に仕立て、右から左へ絵を開いてゆくさまを再現しました。それらが絵解き芸能の絵巻だった時代の鑑賞方法をバーチャルに体験できるようにしています。

いざ!迫力!黒白の世界へ!

ここで見てゆく600年前の中国、200年前の日本で作られた版画たちは、木版、墨、紙という樹木を原料にした、彫るのも摺るのも人間である超アナログなアートといえます。木のぬくもり、手仕事のぬくもりにあふれ、黒と白のみという制限の中でこそ発揮される刻工や絵師たちのセンスと工夫にあふれています。きっと見終わった後には、ひさびさに彫刻刀を握りたくなるはずです。

いざ、迫力・黒白の世界へ!


画像データ:国立公文書館デジタルアーカイブ 全相平話

エリア01の参考文献

<翻訳>

中川諭・二階堂善弘『三国志平話』、光栄、1999年

立間祥介『全相三国志平話』、潮出版、2011年

<論文・解題>

鹽谷温

「全相平話三国志に就て」『(狩野教授還暦記念)支那学論叢』弘文堂、1928 年。

瀧本弘之

『全相平話五種/三国志演義』(『中国古典文学挿画集成』六)解題、遊子館、2009年

「元代版画の白眉、『全相平話五種の挿絵群について』」上・「同」下『アジア遊学』123号・124号、勉誠出版、2009年

廣澤裕介

「『全相平話』のビジュアルワールド 「上」からみる作品の素顔」『中国古典文学と挿画文化』(アジア遊学171号)、勉誠出版、2014年

「「全相平話」と絵解き芸能」『日本中国学会報』69号、日本中国学会、2017年

「『三国志平話』上巻の文字テキスト 絵解きを語った人、記した人、出版した人」『立命館文学』667号、立命館大学文学部、2020年

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