ビジュアル・ツアー『三国志平話』 01 オープニング

 絵解き芸能にとって、未知の世界を遊行する「旅」は、なにより重要な要素であり、テーマです。主人公たちはみな旅をし、絵解きを見る人もその旅をバーチャルに体験するのです。行き先は時に京(みやこ)や繁華な都市であり、時に宗教的な聖地(寺社、霊山)、時に異国や地獄、そして長くデコボコ道が続く「人生」。

 「三国志」の物語は、魏・呉・蜀の3つの軍事勢力がしのぎを削るお話ですが、曹操が率いる魏の勢力は漢皇帝を擁して北中国で盤石の地盤を築き、孫権らが率いる呉は先祖伝来の肥沃な江南を拠り所にします。安住の地を得られず、あっちへふらふら、こっちでうろうろ、さまざまな群雄のもとを出たり入ったり、あちこちの戦闘で劇的な快勝と惨敗を繰り返し、それでもくじけずに立ち上がる「われらがヒーロー」は、やはり劉備・関羽・張飛そして諸葛亮なのです。彼らは「旅」をするがゆえに、絵解きに選ばれたヒーローなのです。

 彼らとともに『三国志平話』巻上のビジュアルワールドをダイジェストで旅してみましょう。


【01】漢帝が春を賞(め)でる

 オープニングの舞台は、なんと!!後漢の初代・光武帝の御前である!

 右面の中央に腰掛ける光武帝が、清明節に御苑を一般開放せよと命じる。庶民にとっては、ありがたいお言葉。

『全相平話』5種のオープニングは、いずれも皇帝や王が登場し、その高貴な姿が描かれます。絵解き芸能の観客である市井の人々にとって、皇帝の玉体や皇帝が暮らす宮殿は別世界そのものであり、目にすることができない光景でした。物語はいつも天にひとしい、高貴な場所からはじまります。


chusho(pic02.jpg【03】仲相が陰間の公事を断ずる

(御苑で酒に酔ってくだを巻いていた司馬仲相が、漢の建国の功臣たちの末路を嘆いていると、天界をおさめる玉皇の命によって冥土の裁判をすることになる)司馬仲相は、漢の高祖劉邦と呂后によって殺された功臣たちのやり直し裁判を取り仕切り、その調書を玉皇に報告。玉皇は、彼らを後漢末期に転生させることにし、韓信を曹操に、彭越を劉備に、英布を孫権に、高祖を献帝に、呂后を伏皇后に、そして司馬仲相を司馬懿に生まれ変わらせることにした。

舞台は、あの世の裁判所です。右面は、役所(裁判所)の中心に堂々と座る司馬仲相。左面には韓信たち原告4人と、高祖と呂后も並んでいます。三国時代の主要人物の前世因縁を語る荒唐無稽なエピソードで、『三国志演義』には見られない内容です。劉備・関羽・張飛を中心とする「三国志」物語の前に、漢皇帝の御苑、天界の玉皇、冥土の裁判所など、この世あの世の異世界ツアーが展開され、いよいよお待たせしました!本編のはじまりはじまり。

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国立公文書館内閣文庫蔵『全相平話』『至治新刊全相平話三国志』巻上

1葉「漢帝賞春」・3葉「仲相断陰間公事」

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