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2006年11月14日

●大会(現代語訳)

ワキ「そもそも釈迦如来ご一代の教えというのは、」
分類すれば〝五時〟と〝八教〟から成り、」
言葉による教えと、言葉によらない教えとに分けられる。」
〝五時〟とは釈迦の教えを時期区分したもので、」
華厳時・阿含時・方等時・般若時・法華時の五つの時期をいう。」
〝八教〟のうちの〝四教〟とは教えの内容上の区分で、すなわち蔵教・通教・別教・円教の四種をいう。」
伝教大師が、宇宙をあまねく照らす偉大なる大日如来の秘蔵の教えを受け、」
人々がまさに大日如来の境地に至るための修行の場、この比叡山をお開きになって以来、」
仏法を敬わない者などどこにもいない。」
仏法とはまことにありがたい、」
教えであるよ。.」
地「釈迦如来が法華経をお説きになったあの霊鷲山の姿を写したという、」
霊鷲山の姿にかたどって大師が開かれたこの御山……、」
あらゆる者が成仏できる尊い法華の教えを説くこの比叡の山嶺には、」
この世の真理を説く仏の智恵の光にも似てまどかな日があたりを照らし、」
鳥が〝仏・法・僧〟と三宝の名を唱えて鳴けば、」
風は〝常・楽・我・浄〟と、四徳の名を呼んで吹く。」
まことに並ぶもののない、御山であることよ、」
まことにありがたい深山であることよ。.」
シテ「月の光は古い殿堂の灯火となり、」
風は人気のない堂の廊下を吹き清める箒となって。」
地の石も清浄で塵はなく、滑らかな」
苔の道に歩みを進めると池がしんとして水を湛えている。」
なんと閑寂な山中の庵であることよ。」
シテ「もしもし庵の中のお方、ごめんください。.」
ワキ「私が静かに坐禅を組んで」
心を澄ましているというのに、」
そこへ来て声を掛けるのはいったい誰か.」
シテ「私はこのあたりにとどまっている山伏でございます。」
私がもう少しで死のうというところを、」
あなた様のお憐れみのおかげで一命をとりとめました事を、」
まことにありがたき幸せに存じます。」
このお礼を申し上げますために、ここまで参じたのでございます。.」
ワキ「これは思いも寄らないことですな。」
命を助け申し上げるなど、まったく身に覚えがありません。.」
シテ「都の東北院のあたりでなさったことでございます。」
きっとお心当たりがおありになるはず……。」
あれほどのご厚意に、」
どうしてお礼を申し上げずにいられましょう。」
この恩返しに、どんなことでも、」
お望みのことがございましたら、」
すぐさまかなえてさしあげましょう。.」
ワキ「なるほど……、確かにそういうことがありましたな。」
ところで、望みをかなえてくださるとのことですが、」
私にはこの現世の望みなどまったくありません。」
ただし、釈尊が霊鷲山でご説法あそばされたそのご様子を、」
目前で拝み申し上げたいものです。.」
シテ「それはたやすいお望みでございます。」
ほんとうにそのようにお思いでしたら、」
すぐにでも釈尊のご説法を拝ませてさしあげましょう。……ただし、」
私がお見せするその術を、ほんとうに尊いとお思いになったなら、」
必ず私に悪いことが起こります。」
決して、現実かとお疑いにならないでください、と.」
地「何度も約束を交わし、」
くり返し約束して、」
それではあそこに見える」
杉の木立の近くに寄られて、」
目を塞いでお待ちになり、」
仏のお声が聞こえましたら、」
その時」
両目をお開きになり、」
よくよくご覧になってください、と」
言うかと見る間に雲霧があたりを覆い、」
降り来る雨が足音のように」
ほろほろと音を立て、山伏も足音を立てて歩いていく、その道の、」
木の葉をさっと吹き上げたかと思うと、その山伏は、」
梢に翔け上がり、谷に下り、」
かき消すように見えなくなってしまった、」
ふっと姿を消したのだった。.」

後シテ「そもそも、山は小さい土の塊を見捨てない。」
だからこそ山は土塊が積もり積もって高くなるのであり、」
海は、」
細い水の流れを嫌わないからこそ、」
流れが集まり深くなる。名もなき者とて捨て置くことはできぬ.」
地「不思議なこと、大空に」
美しい楽奏が響き、」
不思議なこと、大空に」
管弦の音色が響きわたり、」
仏のお声が」
あらたかに聞こえる。」
両目を開いて」
あたりを見回すと、.」
シテ「この山はそのまま
霊鷲山となり、.」
地「大地は極楽となり、.」
シテ「木はこれまた七列に並ぶ……」
極楽の宝樹となっていて、.」
地「釈迦如来が」
仏法の王座に」
お姿をお見せになると、」
普賢菩薩と文殊菩薩が」
左右にお座りになる。」
そのほかもろもろの菩薩が」
雲霞のようにおびただしく集まり、」
砂の上には」
仏法守護の竜神たちが並び、」
みなみなが釈迦如来に拝礼し、」
ぐるりと囲んで」
いらっしゃる。.」
シテ「迦葉尊者と阿難尊者、」
お二方の並みすぐれた仏弟子は、.」
地「迦葉尊者と阿難尊者の」
大仏弟子は、」
一方に座しておられる。」
天から法華説法の時と同じく、紅白大小の」
蓮華の花が降り下り、」
天人が雲に」
数多く連なり、なんとも言いえぬ妙なる」
音楽を合奏している。」
釈迦如来は肝心要の」
仏法をお説きになられる。」
まことにありがたい」
ご様子」
であることよ。.」
ワキ「僧正はその時」
たちどころに、.」
地「僧正はその時」
たちどころに、」
目前の仏への信心を起こし、」
あまりにもありがたい光景に、喜びの涙が」
目に浮かび、」
一心に手を合わせ、」
〝帰依いたし低頭いたしてありがたく拝ませていただきます、」
大きなご恩を垂れたまうご説法の主、」
釈迦如来さま〟と、」
うやうやしく頭を地につけ合掌」
したとたん、」
突然この比叡の山嶺が、」
轟音を立てて揺れ動き、」
帝釈天が空から」
お下りになるかと見ると、」
あたりにいた仏ならぬ天狗たちが、」
がやがやと騒いで、」
帝釈天に恐れおののく、」
なんとも摩訶不思議な」
光景であることよ」

地「またたく間に」
喜見城の主の、」
またたく間に」
喜見城の主の、」
帝釈天が姿をお見せになって」
この天狗の魔術すべてを、」
お解きになってあらわにされたので、」
それまで大説法の場をしつらえていた天狗たちが、」
散り散りばらばらに逃げていくのが」
眼前に見えた」
のだった.」

ツレ「帝釈天は、この時」
お怒りになり、」
地「帝釈天はこの時」
お怒りになって、」
これほど深い信心を持つ者を」
なぜたぶらかすのかと、」
たちどころにさんざんに」
天狗を苦しませなさったので、」
天狗は羽風を立てて」
空に翔け上がろうとするが、」
羽がよじれもつれて、」
飛ぶこともかなわないので、」
すっかり恐れ、」
低頭して拝み申し上げると、」
帝釈天はようやく懲らしめをおやめになり、」
雲のある方を目指して」
天にお上りになった……。」
その時天狗は」
岩根を伝って」
谷に下りていくように見えた、」
岩根を伝い、」
下りていくように見えて、」
深い谷の岩の洞穴に」
姿を隠してしまった。.」

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