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「東海道五十三對」「岡部」

【翻刻】

蔦の細道神社平の上の方に猫石といふあり 古松六七株の陰に猫の臥たる形に似たる巨巌あり 其昔此所に一ツ家ありて 年ふる山猫老女に化し多くの人に害をなし人民を悩ませしに 天命逃れず終に死して其灵石と化すと世俗にそれを言つたへけれども 其絶詳らかならず

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絵師:国芳

落款印章:一勇斎国芳画(芳桐印)

彫師: -


【場所】

「岡部」とは駿河に見られる地名のことである。他の名所図を見ると、「岡部」という地名と「宇津山」がセットにされて描かれているものが多く見受けられる。「(例:広重の『東海道五拾三次 岡部・宇津の山之図』『東海道 岡部・宇津の山』)

また、「蔦の細道」「猫石」から、この絵は丸子から岡部のあいだにある宇津谷の峠の道を描いたものと思われる。

<宇津ノ谷峠>

『静岡県の地名』のよると、「静岡市の宇津ノ谷と岡部町岡部の間にある峠で、標高約一七〇メートル。かつては宇津谷などと書いた。」とある。現在では、宇津ノ谷峠とよばれるものは大きく分けて三つあるとされているので、以下に箇条書きで記した。

①宇津ノ谷の字会下之段と岡部町桂島の谷川を通る山中の峠

②蔦の細道越えの峠

③江戸時代の東海道の峠(東海道宇津ノ谷峠)

今回の作品の場合は、②の「蔦の細道越えの峠」を指しているものと思われる。

<蔦の細道>

『静岡県の地名』によると、古代の主要官道であった日本坂に代わって、平安中期頃から「伊勢物語」の道として注目され、それ以降は宇津山として多くの文学作品に登場することが記されている。

以下は名の由来とされる『伊勢物語』での記述である。

『伊勢物語』

「ゆきゆきて駿河の国にいたりぬ。宇津の山にいたりて、わが入らむとする道はいと暗う細きに、蔦かへでは茂り、もの心細く、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者あひたり」

また『東海道名所図会』には「宇治の山にあり、海道より右の方に狭道あり。これいにしえの細道なり。」という記述が見られる。


<神社平>

前述した『東海道名所図会』に、蔦の細道の説明の際に出現する。以下は『東海道名所図会』の記述である。


『東海道名所図会』

「宇津山蔦細道は『勢語』〔伊勢物語〕に出でて、いにしえよりその名高く古詠多し。上方よりこゝに至るには、岡部の駅(うまや)海道を一里ばかり行きて、湯谷口坂の下という所あり。(中略)少したいらなる所あり。こゝを神社平という。むかし社ありし古跡なりと教ゆ。按ずるに、『駿河風土記』に、「宇津谷本原神社は、仁徳天皇紀七年乙卯祭る所なり」云々。もしこの神社の古跡ならんか。」


また、『東海道名所図会』は続けて「猫石」についても「その(筆者注:神社平)の上の方に猫石あり。古松六七株の陰に猫の臥したる形に似たる巨巌あり。」と記述している。

以上より、題材の『東海道五十三次・岡部』にある文章と『東海道名所図会』の文章を比較すると、猫石の記述についてはほぼ完璧に一致することがわかる。このことから今回の絵が『東海道名所図会』の影響を受けて書かれた可能性は高いといえる。


【題材】

絵には、後方の御簾の裏には巨大なぶち猫が、その前方には二人の女性がいる。若い女性の方はひっくり返って老婆を見上げており、老婆は若い女性に襲い掛かるかのような体勢で描かれている。本文に「山猫老女と化し」とあることから、この老女は山猫の化身であることが言えるだろう。 さて画題だが、この作品には歌舞伎作品の影響があるように考えられる。時代からみて、『独道中五十三駅』『初春五十三駅』『尾上梅寿一代噺』 が著名な化け猫物の歌舞伎作品であるから、このあたりの作品が下敷きになっていると思われる。 しかし、『初春五十三駅』『尾上梅寿一代噺』は『独道中五十三駅』の再演作品であり、その大まかな筋や今回述べたい猫石の話は『独道中五十三駅』と変わらないので、今回は『独道中五十三駅』を中心にして読み解いていきたい。


<あらすじ>

独道中五十三駅』という作品は長く複雑な話なので、ここでは猫石の精が出てくる場面だけ見ていきたい。


お松とお袖という姉妹がいる。姉のお松は母お三が病気になったので薬代を稼ぐために遊女となる。妊娠したため一度はやめるが、母のため再び身を売ろうとしている。一方妹のお袖も妊娠中である。二人は知らないうちに同じ男性(中村藤助)を愛していて、その子供を身ごもっていた。そうとは知らないお袖は、恋敵を呪い、その結果、お松の顔は呪詛の結果で醜く変わってしまう。 そうこうしているうちに、お三は死に、死に装束として十二単をかけてやると、異変が起こる。十二単を着た老婆が、猫の顔で鏡台の前に座り、お歯黒をつけていた。 母親の死を知らないお松は買い手を探していたが、醜い顔で買い手がない。そんな中、はぎという女がお松を買う。しかし、それは嘘で、家に連れて行かれたお松は、家で待っていた赤堀水右衛門(穢多江戸兵衛)に殺害される。 一方、中野藤助とお袖は赤子を抱えて岡部宿並木道を旅している。休むところがなくて困っていたら、昔なじみのおくらが現れ、古寺に導く。しかしその古寺で、死んだはずのお袖の母親に出会う。老婆はいつしか化け猫になり、行灯の油をなめる。それを目撃してしまったおくらは、猫に襲われる。 お松は幽霊になり、藤助とお袖の前に姿を現す。藤助はお袖を離縁し、そのショックでお袖は死ぬ。すると障子の中から手が伸びてきてお袖の死骸と赤子を引き込む。老女は正体を現し、「我は猫石の精とお松の怨念が合体したものだ」と名乗り、消えうせる。あたりには猫の形の大石がある茅原に変わり果てる。そこに、お松の死体が運び込まれてくると、猫石は再び目を開き、死体をつかむと、火を吐きながら空を飛んでいった。


【考察】

この『独道中五十三駅』の「猫石の怪」の場面には二つの作品の要素が見られる。一つはお松の顔が崩れるという話の運びと“お袖”という名前から『東海道四谷怪談』。もう一つは“赤堀水右衛門”という名前から『亀山の仇討』であろう。


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以下に、今回の絵と一致すると思われる記述について台帳から抜き出してみた。


<猫について>

「むかし南ばん国よりわたり、そのゝち姿をけし、いちもつの女婦(ママ)〈渥美本「命婦」〉となつて大内にありしを、とらへて宇都の山部(べ)にすてしに、陰気こもつて石となる。そのいちもつに似たるまだら。」ⅰ


ここでは、怪異を起こした猫は斑模様の猫であったといっており、これは絵の大猫が斑猫であることと一致している。

また、ここでは猫石の正体は大陸からやってきた妖怪だと言っている。そのことについては、後に猫石の精が自らを「中国の後漢の明帝十年(天竺から仏教典が伝えられた年)に中国で誕生したと語る。猟虎陰虎(りょうこいんこ)の生を合わせて生まれた異獣(霊獣)である」と述べる場面がある。 おそらくここの記述には「殺生石伝説」が下地にあるものと思われる。



引用

ⅰ54項『独道中五十三駅』(『鶴屋南北全集 第十二巻』収録)



<老女の描写>

「左次兵衛きつと目を付る。どろゝになり、古(ふる)みしのやぶれより、そのかたちばつくんなる大猫のつら見へて、眼をひらききつとなる」ⅰ


「こゝに丸子猫石の精〈菊五郎〉十二単のなり、老女のこしらえにて蚊やりの火をたき、猫の顔にて鏡台、かねつけ道具をならべ、かねをつけている。左次兵衛びつくりふるふ。猫石の精ふりむいてきつとみる。口の廻りおはぐろつきいるてい。うすどろゝ、あつらえの鳴り物。猫石の精、二重ぶたいよりゆうゝとおりて来ル。」ⅰ


「本能寺古寺の道具、平舞台にかざり、釣らんま、これに紅葉蔦まとい、正面仏前のかゝり、左右の道具望み有(左右破れし杉戸、真中へやれし伊予簀上ゲおろしあり)、よき所にあんどうをともし有、宜敷道具納る。 トこゝに猫石の精灵白髪かづら老女の拵、破し十二ひとえの袖ぬぎかけ、頭に黄綿を置キ、糸車ニ而、糸を取て居る。」ⅱ


ここでは、老女の姿に絵との一致が見られる。残念ながら、頭に「黄綿」を置いてはいないが、「白髪」「破れた十二単を袖脱ぎかけ」「おはぐろ」は一致を見せている。 また、室内の様子も、「釣らんま」は確認できないが、「御簾」「行灯」「糸車」はあることが伺える。



引用

ⅰ60項 『独道中五十三駅』(『鶴屋南北全集 第十二巻』収録)

ⅱ94項 同上



<おくら、化け猫を目撃する場面>

「精灵、寐所よりそろそろとはい出し、後ロを伺ゝあんどうを引寄、その内へ顔をさし入る。その形猫に移〈映〉る。長き舌を出し、ひちやゝと油をなめる事。」ⅰ


「トにげ行を手をのばし、おくらがゑり髪をとらえるとて、思わづ精灵向イ合て、中をへだてゝちりゞと精灵白眼(にらめ)る。おくら〈じりゝと〉すくむ事。よききつかけに、精灵、おくらのゑり元へ飛付、くわへし心。おくら振切にげんとしてあをのけになる。精灵この時中腰になり、前へ手を付、おくらをみてきつとなる。この時、顔はなまなりの猫の顔になる。」ⅰ


まず注目してもらいたいのは行灯である。油を舐めるところは描かれていないが、行灯には猫の姿がくっきりと映っている。 ちなみにこの油を舐めるという行為は、『和漢三才図会』の「猫」の項に「油を舐る者、是れ当に恠を為すべき表れなり」ⅱと記載があることから、化け猫の行動パターンであったようだ。


次に、老女がおくらに襲い掛かろうとしている場面だが、おくらの仰向けになった体勢、老女の中腰の姿勢と手の置き方がことごとく一致していることがわかる。


引用

ⅰ98項 『独道中五十三駅』(『鶴屋南北全集 第十二巻』収録)

ⅱ539項 『和漢三才図会(一)』(『日本庶民生活資料集成 第38巻』収録)


【考察】

「東海道五十三次・岡部」という作品には、『独道中五十三駅』と一致する記述が多数見られる。まず登場人物の老婆と若い女。斑の猫。行灯や御簾といった小道具。このことより、この作品が、『独道中五十三駅』もしくは『独道中五十三駅』から発生した化け猫物と呼ばれる歌舞伎作品を参考にして描かれたものである可能性は極めて高い。

次に題材についてみてみたい。『独道中五十三駅』は鶴屋南北(四世)が作った歌舞伎作品である。確かにお松とお袖の愛憎話は、いかにも南北が得意とした話となっている。では、化け猫話の題材はどこから取ってきたのだろうか。今回、猫石の説話が南北以前に本当に実存していたのかは調べ切れなかった。しかし、南北が参考にした思われる作品についてはいくつかあげることができる。

一つは、「殺生石伝説」である。猫石が作中自分の出自を語る場面は、この殺生石の話の影響が見られるといえるだろう。このころ殺生石の話は謡曲や能で広く人口に膾炙されてきたので、用いられても何の不思議も無いことと思われる。

もう一つは「火車」の説話である。火車とは妖鬼が人の屍をつかみ去る怪事のことを意味する。『江戸の怪異譚』によると、江戸中期以降、火車の怪事を化け猫の仕業とする民俗信仰が目立つようになってきた。寺の飼い猫の奪屍を語る「猫檀家」が各地の民談に登場してくる、とある。『独道中五十三駅』では猫石の精が最後死体を掴んで空を飛ぶ場面がある。この場面は「猫檀家」の影響が見られるといえるだろう。

独道中五十三駅』にはこのように数々の説話の影が見られる。しかし、ここで疑問が出てくる。それは、猫石の精が斑猫であったという点だ。『夭怪着致牒』という『独道中五十三駅』よりはるかに前に出版された本には、「三毛猫の二股は飼わぬもの。後には人間のごとく、心通じて、人を化かし、悩ます。」とある。ここでは怪異を起こす猫は三毛猫となっている。些細な点だが、この三毛猫と斑猫の違いにこそ、南北が何を基にしてこの作品を作ったのか考える上で大きな手がかりになるだろう。



参考文献

  • 『新訂 東海道名所図会(中)』新訂 日本名所図会2 粕谷宏紀監 2007年 ぺりかん社
  • 『東海道名所期/東海道分間絵図』叢書江戸文庫50 高田衛・原道生編 2002年 国書刊行会
  • 『静岡県の地名』日本歴史地名大系第22巻 平凡社地方資料センター編 2000年 平凡社
  • 『伊勢物語・大和物語』鑑賞日本古典文学 第五巻 片桐洋一編 1975年 角川書店
  • 『江戸歌舞伎の怪談と化け物』 横山泰子著 2008年 講談社 
  • 『鶴屋南北全集 第十一巻』 藤尾真一編 1972年 三一書房
  • 『鶴屋南北全集 第十二巻』 竹紫愬太郎編 1974年 三一書房
  • 『鶴屋南北怪談狂言集』日本戯曲全集 第五一巻 渥美清太郎編 1928年 春陽堂
  • 『和漢三才図会(一) 全三十巻』日本庶民生活資料集成 第38巻 谷川健一編 1980年 三一書房
  • 『鶴屋南北――滑稽を好みて、人を笑わすことを業とす――』ミネルヴァ日本評伝選 諏訪春雄著 2005年 ミネルヴァ出版
  • 『歌舞伎事典』下中直人編 2000年 平凡社
  • 『謡曲百番』新日本古典文学大系57 西野春雄校 1998年 岩波書店
  • 『怪異・きつね百物語』笹間良彦著 1998年 雄山閣出版
  • 『新訂増補 歌舞伎人名辞典』野島寿三郎編 日外アソシエーツ 平成14年
  • 『狐の日本史 近世・近代篇』中村禎里著 2003年 日本エディタースクール出版部
  • 『江戸の怪異譚 地下水脈の系譜』堤邦彦著  2004年 ぺりかん社
  • 『江戸化物草子』アダム・カバット著 小学館 1999年