吉野山

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よしのやま


総合


歌舞伎

原名題は「道行初音旅」。清元による舞踊劇。鳥羽屋里長作。文化五年(1808)、瀬川路考(静)、三世中村歌右衛門(忠信)によって初演された。 「義経千本桜」の四段目「道行初音旅」を舞踊化したもので、桜花爛漫と咲き乱れる吉野山を、静御前と源九郎狐の化けた忠信とが、義経のもとへ赴く道行を叙したもの。原作にはない早見藤太や花四天を出して賑やかにしている。そのほか、市川猿之助には義太夫曲を使用して、新しく振附をした同名題の舞踊があり、好評を博している。


画題

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解説

画題辞典

吉野山は大和国金峯山より吉野川岸に至るまでの群峯の総稱にして、櫻花第一の勝地としてその名海内に高く、南朝三世五十餘年の旧蹟として亦人に知らろ、一目千本奥の千本等の名所あり、陽春櫻花の節絶景いふべからず、吉水神社は明治以前吉水院といひしものにして、後醍醐天皇を祀りし所なり、金峰山寺、如意輪寺、及竹林院等、何れも歴史上の由緒多き名蹟となす、古来花の名所として図せらる所多し、狩野探幽の図(大河内子爵蔵)、狩野常信屏風(牧野子爵旧蔵)を初めとして、降つては円山四條派の画に特に之を図ずるもの多し。 (『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

大和国吉野郡にある、古来桜の勝地であり南朝の遺跡を以て其名天下に著る、六田の渡から十町で吉野宮があり、後醍醐天皇を奉祀す。又村上義光の墓があり、碑を樹てゝその忠烈を表す。後醍醐天皇の行在であつた吉水院はいま吉水神社と呼ばる、天皇と楠木正成を祀る。正行の辞世を遺したことによつて有名な如意輪堂の後に天皇の御陵があり、金峰神社は式内の大社で地主の神を祀る。また水分神社、山口神社があり、全山桜樹多く一目千本の称がある。なほ古く応神天皇の頃から奈良朝まで吉野離宮を置かれて屡々行幸のあつた地は、今の吉野より川上の地方であつたといふ。 吉野を画いた作極めて多い。 筆者不詳   『吉野竜田屏風』  根津美術館蔵 富岡鉄斎筆  『吉野真景』    設楽氏蔵 橋本雅邦筆  『吉野山』     同 菊池芳文筆  『小雨降る吉野』  第三回文展出品 (『東洋画題綜覧』金井紫雲)