如意輪堂

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にょいりんどう


画題

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解説

東洋画題綜覧

大和国吉野勝手神社の坤の谷にある、蔵王堂の艮にあたり字を塔の尾と曰ふ、往昔如意輪塔のあつた地とぞ、吉野先帝(後醍醐)の御陵は堂背にある、本堂は先帝御影殿にて、影像厨子に奉安し、扉に吉野金峰より熊野那智の行路絵図を写し其上に蔵王権現の讃辞あり相伝ふ先帝の宸筆と。  (名所図会)

如意輪堂は楠木正行が、後醍醐天皇の御廟に詣で、討死の御暇乞をなし、その壁板に一族の名を認め辞世の歌を記したので有名である。

正行、正時、和田新発意、含弟新兵衛、同紀六左衛門子息二人、野田四郎子息二人、楠将監、西河、子息関地良円以下、今度の軍に一足も引かず、一処にて討死せんと約束したりける兵、百四十三人、先皇の御廟に参りて、今後の軍難義ならば、討死仕るべき暇を申して、如意輪堂の壁板に、各名字を過去帳に書き連ねて、その奥に

返らじとかねて思へばあづさ弓なき数に入る名をぞとゞむる

と一首の歌を書き留め、逆修のためと思しくて、各鬢髪を切りて、仏殿に投げ入れ、其日吉野を打ち出で、敵陣へと向ひける。  (太平記)

如意輪堂の正行は、歴史画として画かるゝもの極めて多く、左の作がある。

岡精一筆  『如意輪堂の拝辞』  東京府養正館壁画

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)