中村歌右衛門

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なかむらうたえもん


総合


歌舞伎

定紋祗園守。屋号成駒屋(初世は加賀屋)二世以外は代々名高い。

初世

正徳四-寛政三(1714-1791) 加賀金沢の医師の次男。京阪の敵役の名人。

三世

初世の子で化政度の名優。俗称梅玉歌右衛門と呼ばれ、「高麗橋の大丸か中村梅玉」と世評にのぼるほどの豪華な生活をした。また金沢竜玉の名で脚本を書いた。

四世

幕末の三都に響いた名優。時代物の型物と所作事がすぐれていた。

五世

四世中村芝翫の養子。明治の団菊なきあと、女形座頭となり、劇界を統率した。時代物によく、「淀君」など新作に特色をあらわした。

六世

五世の次男で、昭和二十六年襲名。外柔内剛の努力家で、女形として今日の大成をなす。中村吉右衛門劇団立女形であったが、昭和三十二年無所属となった。古風な女形として人気があった。昭和二十八年「道成寺」を天覧に供し、芸術祭文部大臣賞をうけた。