行幸

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みゆき


画題

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解説

画題辞典

一みゆきは行幸とも記す、天皇の皇居以外の地へ出でまし給ふことをいふなり。二源氏物語の一章に御幸の巻あり、十二月の比、冷泉院の大原野へ行幸のことを記す、冷泉院の歌にきりふかき小鹽の山に立きしのふるき跡をも今日は尋ねよ.源氏御供にてありしが、小鹽山みゆきつもれる松原にけふにかりなる跡やなからんとありしなり。尚ほ後白河法皇の大原御幸に就ては「おはらごかう」(大原御幸)の條見るべし。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

天子の外へ出て行き給ふこと、主上の御他行、いでまし、行幸、臨幸、臨御、還り給ふを還幸、又は還御と申す、又上皇、法皇、女院も『みゆき』であるが後に文字に御幸と書きわけて音読す。  (大言海)

又、源氏五十四帖の巻の名、光源氏三十七歳の十二月から三十八歳までのことで、その十二月に冷泉院の大原野行幸のことがある。

かくて野におはしましつきて、御輿とゞめ上達部の平張にものまゐり、御装束ども直衣、狩の御よそひなどに改め給ふほどに、六条院より、御酒御菓子など奉らせ給へり、今日は仕う奉らせ給ふべく、かねては御気色ありければ御物忌のよしを奏させ給へるなりけり、蔵人の左衛門の尉は御使にて、雉子一枝奉らせ給ふ仰言には何とかや、さやうの折の事まねぶにわづらはしくなん

雪ふかきをしほの山にたつきじのふるき跡をも今日はたづねよ

太政大臣の、かかる野の行幸に、仕う奉り給へる例などやありけん、大臣御使をかしこまりもてなさせ給ふ

をしほ山みゆきつもれる松原に今日ばかりなるあとやなからん

源氏絵として鳥柴を奉る所などよく画かれる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)