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NEWS LETTER
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【ISSUE.002】
表象芸術2003 ―アジアの歌と舞い―


2003年6月6日に,立命館大学BKCキャンパスにおいて,21世紀COEプログラム・シンポジウム「PCクラスタとアート・エンタテインメント研究」 が開催された.内容は,PCクラスタのシステムソフトウェアScore(「エスコアと読む」)の開発者である石川裕氏(東京大学大学院・情報理工学研究 科)の招待講演と,立命館大学の教員によるPCクラスタを用いた研究・教育の試みの紹介である.大学の内外から231名の参加者があり,会場となった大会 議室が満席となり,立ち見まで出る盛況ぶりであった(図1)。本稿では,このシンポジウムに関して報告する。



  京都にある芸術作品や歴史的資料の中には,現在の情報科学・技術ではまだまだ,精密に,または高速にデジタル・コンテンツ化できないものも多い。このような状況を改善するためには,情報科学におけるいくつものブレイクスルーが必要である。
 ブレイクスルーはコンピュータの処理性能を大幅に向上させることで触発され得るであろう。性能向上のキーワードのひとつは,多数のCPU(コンピュータ の中央処理装置,人間の頭脳にあたる)による「並列処理」である。以前は並列処理というと,CPUを多数備えたスーパーコンピュータを使うのが普通であっ た。しかし,近年のPCの性能向上により,多数のPCをネットワークでつなぐことで,容易に並列処理を行えるようになった。これを「PCクラスタ」と呼 ぶ。この新しい計算プラットフォームの登場によって,研究者が身近に使えるコンピュータの処理性能が飛躍的に向上し,それが情報科学に大きな発展をもたら しつつある。例えば,シミュレーション,ゲーム,3次元コンピュータ・グラフィックスにおけるモデリングとレンダリングなどへの応用研究が盛んに行われて いる。
 PCクラスタを情報科学の立場からの京都学の研究に役立てるために,2002年度末に,立命館大学に32CPUのPCクラスタが導入された(図2)。
  このPCクラスタシステムは,並列処理で高速演算を行う計算ノード,並列実行されるジョブを管理する管理ノード,およびファイルサーバから構成されてい る。計算ノード (富士通PRIMERGY P250) は16台で,それぞれがDual Processor (Intel Xeon 2。4GHz×2) となっている。すなわち,合計32CPUでの並列処理が可能となる。さらに,各ノード2GBのメインメモリを持ち,合計32GBのメモリを使用できる。計 算ノードのスペックはPCクラスタの性能を決める重要な要素であるが,この他,ノード間の通信速度も並列計算の性能を大きく左右する要因となる。これは PCクラスタが分散メモリ型の並列計算システムであり,ノード間のデータ通信が頻繁に発生するためである。そのため,本システムでは計算用ネットワークと してMyrinet-2000を採用している。これは現在普及しつつあるGigabit Ethernetより高速な2Gbpsを達成し,さらに通信の遅延も小さく,特にPCクラスタシステムに適するネットワーク構成となっている。OSは RedHat Linuxを採用している。また,高性能通信ライブラリや並列実行環境等を提供するSCoreが導入されている。

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PCクラスタの導入に連動させて,2003年6月6日に,立命館大学BKCキャンパスにおいて,シンポジウム「PCクラスタとアート・エンタテインメント 研究」が開催された。以下は,シンポジウムで行われた講演について,各講演者に報告文を寄稿していただいたものである。 ただし,石川裕氏の講演紹介は,事前にいただいた講演概要をもとに田中がまとめたものである。なお,シンポジウムの冒頭には,COEプログラムの全体像に 関して,サブ・リーダーの八村広三郎氏より説明があった。

招待講演「クラスタ&グリッドシステムソフトウェア」
(東京大学大学院情報理工学研究科・石川裕 氏)

 PCをネットワークでつなげて並列処理を行うPCクラスタの登場により,特権的にしか使えなかったスーパーコンピュータ環境が誰でも使えるようになった。
クラスタのためのシステムソフトウェアであるSCoreは,1995年,経済産業省(当時の通商産業省)の国家プロジェクトである「リアルワールドコン ピューテイング計画」を推進した技術研究組合新情報処理開発機構において開発が開始された。石川裕氏は,新情報処理開発機構・並列分散システムソフトウェ ア研究室長として,SCoreの開発を指揮した。現在,SCoreはPCクラスタコンソーシアムに引き継がれ,維持,普及が行なわれている。SCore は, 高性能通信ライブラリ, 効率良いコンピュータ管理ソフトウェア, 高いユーザビリティ(使い勝手)を提供するツール, 高いアベイラビリティ(可用性)を提供する実行時環境を提供している。
講演では,SCoreクラスタシステムソフトウェアの特徴について紹介した後,最新のネットワーク機器であるミリネット(Myrinet)XPやインフィ ニバンド(Infiniband)を踏まえたクラスタハードウェアの今後について紹介された。また,クラスタシステムソフトウェア開発の今後,グリッド環 境上でのクラスタ利用環境等の研究の現状についても紹介された。

「PCクラスタの構築と応用」
( 理工学研究科・ 山崎勝弘 氏)

 我々の研究室では, PC16台からなるPCクラスタを構築し, OpenMPによる並列処理を進めている。PCクラスタにはLinuxとクラスタシステムソフトウェアSCoreを載せ, OpenMP, PVM, 及びMPIによる並列プログラミングが可能である。2002年4月から画像処理, JPEGなどの並列化を進めている。
 本講演では, PCクラスタ構築の経緯, 研究室内で進めているOpenMPによる並列プログラミングの現状, 及び情報学科で実施しているPVM並列プログラミング教育について述べた。まず, PCクラスタの構築については, SCoreのバージョンアップ, 及び3通りのLinuxをテストしたこともあり, システムが稼働するまでに1年を要した。
 次に,並列プログラミングの現状として,細線化,JPEGエンコーダ, 及びJPEG2000エンコーダの3つの問題の並列化について述べた。均質画像に対する細線化の実行時間と並列効果をそれぞれ図3, 図4に示す。この問題ではデータを複数プロセッサに均等に分割し, それらを独立にかつ同時に処理できるので, PC16台で15倍程度の速度向上が得られている。JPEG・JPEG2000エンコーダでは, PC16台で11倍程度の速度向上となっている。
 さらに, 3回生を対象にした並列プログラミング教育の成果と課題を述べた。本講義では並列処理の全体像を9回講義し, PVM演習を5回行っている。課題は学生に自由に選ばせ, 結果をレポートで報告させる。画像処理などを対象とした優秀なプログラムがあり, 並列効果に関しても十分考察できているものがある。一方で, 並列処理の有用性を学生にいかに理解させるか, 及びどのような問題を選べばよいかがそれぞれ教員, 学生にとっての課題である。

「MMOG ゲームシミュレータとこれを用いたデータマイニングの研究」
(理工学研究科・ラック ターウォンマット 氏)

 大規模多人数オンラインゲーム(MMOG)は急成長するオンラインコミュニティの場を提供するものとして注目を浴びている。このような大規模のコミュニ ティを管理するには,プレイヤータイプの特定,オンライン社会形成の観察,仮想経済の仕組みの特定などの研究課題を解決しなければならないが,本研究では 最初にMMOGにおけるプレイヤータイプの特定に着目し,そのための有効な手法の研究・開発を行っている。
 実際のMMOGデータを用いて提案手法を最終的に評価するが,現時点では実験環境をある程度制御できるZerealというMMOGの並列型シミュレータ(http://gamemining。net/software/zereal/)を利用している。 Zerealは,人工社会を実現するためのマルチエージェントシミュレーションシステム(MAS)の一種である。著者の研究協力者でもあるノルウエー工科大学のTveitらにより2002年より開発が進められ, 本COEで購入したPCクラスタシステムのような並列計算機上で動作し,複数のゲームワールド(world)を同時に実行できる。
  Zerealの構成図は,図5に示すようにそれぞれのworldの最新状態(world model)を収集し,clientに可視化用または分析用の情報を送るmaster nodeと,各worldにおけるキラーなどのプレイヤーキャラクター,モンスターなどのノンプレイヤーキャラクター,及びスタミナ回復用のフードアイテ ムなどのゲームの諸オブジェクトをシミュレートするworld nodeからなる。Zerealでは実際のMMOGにおける人間のプレイヤーが操縦するキャラクターを自律型エージェントで実装する。これらのキャラク ターの行動は,プレイヤーのタイプの特定,オンライン社会の形成の観察,仮想経済の仕組みの解明に利用できる。図6はシミュレート中のworldのスク リーンショットを示す。
これまでの研究成果は,プレイヤータイプの特定に有効な特徴量(入力)を判明し,それらを抽出する手法を提案し,学会にて報告する予定である。学会報告に 関しては,コンピュータエンターテインメント協会(CESA)の技術情報総合大会であるCEDEC2003に講演を依頼されたことから,ゲーム開発側が本 研究に強い関心を示していることが言える。今後の課題としては, 抽出した特徴量を用いてプレイヤータイプを特定する,効率的な分類器の開発などが挙げられる。

「曲面上の点群データの確率過程的並列リサンプリングとその可視化への応用」(理工学研究科・田中覚 氏,仲田晋 氏,木村彰徳氏)

 3次元レーザ・スキャナの発達に伴い,設計図などが存在しない歴史的・文化的建造物に対して,現物測定によって,3次元コンピュータ・グラフィックスの ための形状モデリングを行う機会が増えている。しかし,レーザ光を掃引して得られる対称物上の点群データに関しては,その品質に改善すべき点も多い。例え ば,観測点から見て輪郭線に近い部分や凹凸の激しい部分には,充分な数の点群が得られにくい。こ のような部分的な点群データの不足は,複数の観測点を設定することである程度補うことが出来る。しかし,測定時のノイズなどのために,異なる観測点で得ら れたデータから整合性のあるポリゴン・メッシュを生成するのには,しばしば多大な労力を要する。結局,複雑な物体の計測の際には,手作業を含む多くのデー タ処理作業が要求される。
  我々は,上記の現状を改善することを最終目標とし,複雑な曲面上に与えられた点群データの品質を改善する手法を提案している。本手法では,与えられた点群 データを非線形補間して陰関数曲面化し,これを,多粒子ブラウン運動の理論に基づく並列計算によって高速リサンプリングして,曲面上の一様かつ高密度な補 間点群を新たに生成する。リサンプリングの並列効率は非常に優れており,CPU数にほぼ正比例して計算速度が向上する(図7)。
  また,得られた高密度な補間点群をそのまま球として可視化することで,対象曲面を,ポリゴン近似を用いずに精密に可視化できる。我々はこれを「粒子レンダリング」と呼んでいる(図8)。
  このように,我々は,「曲面上の点群データ ⇒ 陰関数曲面化 ⇒ 多粒子ブラウン運動理論による補間点群の生成⇒ 粒子レンダリング」という,曲面の新しい可視化手法を提案している。今後はこの手法を,京都の歴史的・文化的建造物や,その周辺に存在する芸術作品等に適 用していく予定である。具体的には,祇園祭の山鉾や,日本庭園の庭石などへの適用を考えている。

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本シンポジウムは,立命館大学にPCクラスタが導入されてわずか数ヶ月を経過したところで開催された。それでも,大変興味深い研究・教育成果の,少なくと も芽はすでに出つつあることが確認できた。さらに,活発な議論を通じて新たな研究シーズも生まれた。また,学外からの研究者も多数来聴し,それが契機と なって,新たな研究交流が始まるなどの波及効果も出始めている。

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