A0-1 作品情報

作 者   : 絵師 不詳
      詞書 朝倉重賢筆
員数・装丁 : 巻子装 全五巻
法量    : 巻一 32.5×1634cm 巻二  32.5×1446cm 巻三 32.5×1382cm 巻四 32.5×1270cm 巻五 32.5×1517cm
制作年   : 寛文年間(1655~1685)頃 
資料番号  : arcHS03-0008

 源頼光とその家来たちが大江山に棲む鬼・酒呑童子を退治する物語は、室町時代初期に成立したとされる『大江山絵詞』(逸翁美術館所蔵)以来、実に膨大な数の作品が制作され、その所在は海外にまで及ぶ。
 本作も数ある酒呑童子絵巻のなかのひとつに連なり、料紙・装丁・作風から、江戸時代初期、寛文年間(1655~1685)頃の制作と推定される。この時期は豪華な絵巻物や奈良絵本が制作された黄金時代とされ、そのなかでも早期に制作されたと考えられる本作もまた、挿絵、料紙、手蹟、装幀、テキスト(詞書)に至るまで華美を極めたものとなっている。全五巻からなる大規模・大長尺な絵巻で、全巻縹色地金刺繍の表紙に、真鍮製の軸を持ち、詞書の料紙は斐紙に金銀の下絵が施され、その裏紙にも銀泥の下絵が描かれている。詞書の筆者は筆跡から朝倉重賢筆と推定される。朝倉重賢(生没年不詳)は、寛文年間前後から延宝年間以降(17世紀後半ごろ)まで活躍し、奈良絵本や絵巻物の詞書を多く書写した人物として知られる。絵師は不明で、狩野元信らによって制作され、後続の酒呑童子絵巻の模範となった『酒伝童子絵巻』(サントリー美術館所蔵)の図様を基調とするが、『酒伝童子絵巻』には見られない独特の場面、構図、人物描写が見受けられる*1。詞書は他の説話や文学作品、能「大江山」などから詞章・展開を取り込み、文学性の高い流麗なテキストとなっており、慶応義塾大学図書館の所蔵する三巻本の絵巻『しゆてん童子』と概ね同様のものである*2。
 本作は日本美術研究家・コレクターのウィリアム.S.ビゲロー(1850-1926)の所蔵となり、ビゲローの元を離れた後も、数々の所蔵者たちに愛蔵され、平成26年(2014)に立命館大学アート・リサーチセンターにおさめられることとなった。
 酒呑童子の物語を美の粋を尽して絵巻として再現し、更に歴代の所蔵者たちの尽力により数奇な運命を乗り越え今日に伝えられる本作は、星の数ほど存在するといわれる酒呑童子絵巻のなかでもひときわ輝きを放つ作品のひとつであるといえよう。

【来歴について】
 ビゲロー本「酒呑童子」絵巻(以下、ビゲロー本)はウィリアム.S.ビゲロー(1850-1926)が日本で収集した美術品コレクションの一つ。ウィリアム・ビゲローは明治15年(1882)に来日し、明治22(1889)に離日するまでの間、アーネスト・フェノロサ(18531908)や岡倉天心(1862-1913)らの助けを受けながら膨大な日本美術品を収集し、ボストンに持ち帰った。その多くはアメリカ・ボストン美術館に収蔵され、同館の日本美術作品のうち最大規模のコレクションとなった。
 ビゲロー本については、ビゲローにより親友のヘンリー.C.ロッジ(合衆国共和党の上院議員を務めた)へ贈与されたため、ボストン美術館所蔵とならずにロッジ家に伝来することとなった。ロッジの子孫はその後アメリカからヨーロッパへ渡るが、2014年に立命館大学ARCが作品を譲り受けるまでの長い期間、ビゲロー本はロッジ家により大切に保持された。
 日本へ里帰りすることになったのは、チェコのプラハに在住する御当主 ジャーンマーク・デ・ヴァッサージ氏が、前プラハ国立美術館東洋館の館長であるヘレナ・ホンクーポヴァ氏に作品の経年劣化を相談したことがきっかけとなった。ビゲロー本を修復して永続的に保管することが可能な日本の公的機関を探される中で、立命館大学ARCの所有に帰することとなった。

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