ごあいさつ

 まず、本絵巻の修復クラウドファンディングに協賛いただいた皆様へ心からの感謝を申し上げます。日本からアメリカ・ボストンに渡り、ヨーロッパの戦火をくぐり抜けるという数奇な運命を経た絵巻が大切に受継がれて、再び日本に戻り、そして京都の高度な修復技術によって甦りました。
 資料というのは、さまざまな縁によって収まるべきところに収まる。遠く東ヨーロッパの国・チェコ共和国に日本の文化資源が沢山所蔵されていることは、九〇年代に国際日本文化研究センターの調査報告があり周知のことであった。二〇〇一年、上方歌舞伎の展覧会を大英博物館で実施するというプロジェクトを開始したのが、ロンドン大学のアンドリュー・ガーストル教授である。ガーストル教授の招聘により上方絵のカンファレンスに参加した私は、このカンファレンスに同じく参加された当時チェコ・プラハ国立美術館東洋館の館長ヘレナ・ホンクーポヴァ氏と面識を得た。ホンクーポヴァ氏からは、プラハには沢山の浮世絵や日本美術品があることを紹介された。その後、国立美術館に加えナープルスティク博物館も含めてデジタル化調査を長く続けた。その御縁もあって、アメリカ・マサチューセッツ州の政治家ロッジ家に連なり、現在はプラハにお住まいのワッセージ家に大切に伝えられてきたビゲロー本絵巻『酒典童子』に邂逅したのである。
 ロッジ家は政治家であると同時に芸術との関わりも強い。ワッセージ氏は単に美術品を放出するのではなく、この貴重な宝物をしっかりと護る責任を全うできる相手を探していた。実は、この絵巻をワッセージ家で披見する幸運を得たのは、私だけではなかったとのことであるが、現在の立命館大学アート・リサーチセンターならば、この絵巻を長く伝えていけるのではないか。その価値を広く伝えていけるのではないか。とりわけ、修復事業という膨大な費用が必要な事業にも踏み出せるのではないか。そう考えての決断により、絵巻『酒典童子』五巻本をお引き受けすることになった。
 それから国内のいくつかの修復向けの補助金制度に挑戦してみたが、製作が江戸期となる本絵巻は、国宝や重要文化財向けの美術品から見れば順位が低くなるため、対象とならなかった。ところが、巡り合わせが続き、講談社と立命館大学が協定を結び、学術活動のためのクラウドファディングを立ち上げるという。その第一号としてこれに挑戦した。結果、多くの方々からのご支援をいただき、事業が成立したことで一部分の費用が確保でき、修復事業を開始したのである。なお現在、五巻の内、修復が必須とされていた三巻分の修復が完了していることをここに報告する。
 さて、この事業の途中で想定していなかった問題が起きてしまった。新型コロナウィルス感染症の流行である。この終わりの見えないウィルスの蔓延によって賛同者の皆さんに対するリターン、とりわけ企画していた展覧会の開催はまったく見通せない状況が続いている。やむを得ず本クラウドファンディングにかかわる研究成果としての図録を編むことにした。本書編集の中心的な役割を担ってくれた加茂瑞穂が、今年度から学芸員担当として戻ってきてくれたのも心強かった。
 「酒呑童子」は、武家清和源氏のルーツとなる源頼光とその部下達の物語である。舞台は、京都。立命館大学が収蔵する文化資源としてこれほど相応しいものはない。この物語に関わる典籍や絵画作品も二五年に亙るセンターの活動の中で集中的に集めてきた。そのため、本図録掲載の作品は全てアート・リサーチセンターの収蔵品である。コロナ禍が終息したタイミングを見て、本図録をさらにバージョンアップした展覧会を開催したいと考えている。
 最後になったが、この修復事業は業務を引受けていただき、かつ工房の見学を受け入れてくださった株式会社岡墨光堂の皆様のご協力なくしては実現できなかった。記して感謝の意を表したい。

 2023年1月吉日                                                                         アート・リサーチセンター長  赤間 亮

  

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