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「孔明が智 一時に十万の矢を得る」
立命館大学蔵『絵本通俗三国志』三編巻十、47葉B・48葉A
日本・江戸期の「三国志」版画
このエリア02のテーマは、日本の江戸期の「三国志」版画です。
周知のように、江戸の末期は浮世絵の全盛期です。現代では、いくつもの色を重ねた多色刷りの浮世絵(錦絵)が江戸の民衆のアートとして最もよく知られていますが、いわゆる「かわらばん」という情報媒体、合巻や読本など文芸ものの出版物も、同じ木版印刷の技術で作られていたことを忘れてはいけません。木版印刷の技術は、当時の情報技術の中心にありました。
江戸時代にあって『三国志演義』という小説は、海外からやってきたコンテンツでした。翻訳されて、日本語として読めるようになると、瞬く間にさまざまな形で受容と変容が起こります。日本に入ってきた『三国志演義』にはさまざまなエディッション(版本)があり、その多くに図像が大量についており、江戸期の「三国志」版画に一定程度影響を与えたとされています。その一方で、独自性も大きく見えます。その独自性は、浮世絵が全盛期を迎え、高度な技術力が培われるという状況下で、互いに切磋琢磨した絵師の発想力と表現力、そして実際の中国をしらないがゆえに逞しく発揮された想像力のおかげかもしれません。
ここでは、風と霧という自然現象を、黒と白のみの版画が如何に描いたかという点から、3人の絵師の作品を見たいと思います。
- 桂宗信(1735-90)
都賀大陸作の『絵本三国志』の挿絵を描いたのが、桂宗信(1735-90)です。大阪の人で、月岡雪鼎の門下。所掲の作品では、絵巻や屏風絵(都市繁華図や戦陣図)などに常見する雲霞の伝統的な表現の応用を見て取れます。
【⇒白と黒の「十万本の矢」】
- 歌川国安(1794-1832)
重田貞一(十返舎一九)作『三国志画伝』の挿絵を描いたのが、歌川国安です。幕末の浮世絵界を席巻した歌川豊国の門下で、その初期の高弟の一人。所掲の作品は、黒霧の中を飛ぶ矢、白い風を描き、圧倒的な画面を作り出しています。
【⇒白と黒の「十万本の矢」】
【⇒白とグレーの「東南の風」】
- 葛飾戴斗(二世)(生没年不詳)
『絵本通俗三国志』の挿絵を描いたのが、葛飾戴斗(二世)です。戴斗という画号は、もともと師の葛飾北斎が一時期名乗っていましたが、それを弟子の斗円楼北泉にゆずり、その北泉こと「戴斗(二世)」が筆を振るいました。北斎の画風を最も受け継いている弟子といわれ、『北斎漫画』の出版に北泉も参加しています。所掲の作品は、日本で知られている諸葛孔明像のもっとも有名な一枚かもしれません。
【⇒白とグレーの「東南の風」】
エリア02の参考文献
<データベース>
国立国会図書館デジタルコレクション 三国志画伝
新日本古典籍総合データベース 絵本三国志(広島大学図書館所蔵)
<論文>
鈴木重三
「日本における三国志の挿絵本」『絵本と浮世絵 江戸出版文化の考察』美術出版社、1979年
上田望
「日本における『三国演義』の受容(前篇)- 翻訳と挿図を中心に」『金沢大中国語学中国文学教室紀要』9号、2006年
梁蘊嫻
「江戸の『絵本三国志』は明の『三国志演義』呉観明本周曰校本をどう受容したか」『中国古典文学と挿画文化』(アジア遊学171号)、勉誠出版、2014年
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