法帖(凸版)の板木

『山陽頼翁杜詩帖』板木(鏡像表示) 文政13年(1830)
横57.4×縦35cm
奈良大学博物館所蔵(T2369)

印刷においては、万人向けの読みやすい没個性な筆跡が必要とされる場合と、個性的な筆跡を保っていることが必要な場合とが混在します。法帖は書道の手本であり、そこに記される筆跡は、手本としての役割を果たすよう、オリジナルの筆跡もしくはそれに近い筆跡でなければなりませんでした。法帖は、本来は真筆の他、臨書・摸書・搨模という手法によって、人間が筆を執って書写したもの、もしくはそれらを集めたものでしたが、後には模刻が登場し、複製品を大量に制作することが可能となりました。日本では17世紀以降に出版が隆盛し、多くの法帖が刊行されていきます。むろん、書の規範は中国にあり、中国から届く原拓が規範でしたが、その風合に近付くためには、後で紹介する正面版の登場を待たなければなりませんでした。
展示品は凸版です。 凸版は木版では最も一般的な方式で、板木上で書の部分を彫り残し、不要な部分を浚ったものです。結果として、紙の地色の上に文字が黒く摺られ、一般的な板本と同様の摺刷結果となります。展示品の『山陽頼翁杜詩帖』は、頼山陽の筆による杜甫「韋諷録事宅観曹将軍画馬図引」です。法帖は折本に仕立られることが多く、展示品は、摺刷後の製本工程において、どこで折れば良いのかを判別できるように、板木の上下に界線が陽刻されています。折本仕立てにする際には、複数の紙をつなぎ合わせる必要があり、料紙ごとに摺刷結果が段違いにならないよう、摺りの位置を揃えておかなければなりません。そのため、紙の端を当てるための見当が彫り込まれているのがわかります。また、どの紙とどの紙をつなぎ合わせるべきかが分かるよう、番号も彫り込まれています。


『山陽頼翁杜詩帖』板本 文政13年(1830)
立命館大学アート・リサーチセンター(arcBK01-0209)

参考文献
岩坪充雄「唐様法帖の書誌学的問題点」(2006、文京学院大学外国語学部文京学院短期大学紀要5)
中野三敏「拓版のこと―『乗興舟』讃」(2011、『和本のすすめ―江戸を読み解くために』、岩波書店)

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