法帖(正面版)

正面版『呉竹帖』板木 享和2年(1802)
横74.9×縦29.2cm
奈良大学博物館所蔵(T0268)

正面版は、左版と同じく陰刻の板木ですが、凸版や左版とは異なり、板木の上で文字が左右反転していません。そのために「正面」と呼称されています。凸版や左版は、板木の上に墨を置いた後に和紙をのせて馬楝で摺るため、文字を左右反転させて彫っておく必要がありますが、正面版は板木の上に和紙をのせ、紙を湿らせて彫り込んだ文字の部分に紙を打ち込み凹ませます。その後に拓をとるのと同じ要領で、紙の上から墨打ちを行って文字を白く浮き上がらせます。そのため、文字を左右反転させる必要がありません。その必要がないため、正面版はオリジナルの書跡の筆意を再現しやすい手法と言われています。この手法は、拓本や同様の手法で制作されていた中国の法帖に触発されたと考えられますが、日本では18世紀初頭頃に、書家であった高玄岱や細井広沢によって確立されました。
正面版は左版との区別が難しいように思われますが、正面版には、左版のように馬楝の痕跡が残らず、墨色が均一となること、板木に打ち込まれた文字の部分が立体的に立ち上がり、白抜きの文字には板木に打ち込まれた際の小皺が寄るという特徴があり、原本による区別は比較的容易です。正面版は、板木表面に墨を置く必要がなく、墨溜まりを心配する必要がないためか、凸版や左版に比べて彫りが極めて浅いという特徴があります。また板木に直接墨が付くわけではないため、板木が真っ黒にはならないという特徴も認められます。
法帖は必ずしも唐様のものに限らず、和様の法帖も存在している。享和2年(1802)の『呉竹帖』は、国学者であり歌人でもあった加藤千蔭の書跡を載せる法帖であり、『古今和歌集』や『源氏物語』という日本の古典作品の代表格を材にとっています。
法帖は一種の「本」ですが、このようにしてみると、木版とは印刷技術でもあり、板木を使った複製技術でもあったという理解も可能になります。

正面版の事例 ※展示品の板木によるものではありません

『赤壁賦』 天保6年(1835)
立命館大学アート・リサーチセンター(arcBK01-0173)

参考文献
岩坪充雄「唐様法帖の書誌学的問題点」(2006、文京学院大学外国語学部文京学院短期大学紀要5)
中野三敏「拓版のこと―『乗興舟』讃」(2011、『和本のすすめ―江戸を読み解くために』、岩波書店)

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