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総合

小倉擬百人一首 第五十五番歌 大納言公任


和歌:「滝の音はたへてひさしくなりぬれど名こそながれて猶きこえけれ」 大納言公任

歌意:ここに昔あったという滝の水音は絶えてから長い時が経ったけれども、その評判の方は後々までも流れて、今もなお世に聞こえているよ

翻刻:「抜バ玉ちる倶利伽羅丸ハ 岩角に当る滝に等く 雪姫に墨絵を画と薦むる松永ハ 反逆無道の行いに不似 如何にして斯く風雅心やありけん」 柳下亭種員


版元:伊場仙板

絵師:国芳

落款印章:一勇斎国芳画(芳桐印)

彫師:-

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【絵解き】

●この絵は『浮世絵擬百人一首』と"The Hundred Poets Compared"によると、「祇園祭礼信仰記」の第四段、「金閣寺」の場面を基にしてつくられた、歌舞伎を題材に描いているものと思われる。

松永大膳久秀は、足利家を横領して金閣寺に居を構え、狩野将監を殺して宝刀を奪い、室町将軍の母慶寿院を擒にして人質にする。その慶寿院の望みとあって、天井の楠の一枚板に墨絵の雲竜を描かせようとして、その秘法を伝える将監の息女雪姫と婿の狩野直信を捕らえる。雪姫は雲竜の手本がないというので、大膳は持っていた宝刀を抜いて滝に振りかざせば、忽ちに竜の姿が現れる。という件を国芳は描いた。本歌の、古い滝の跡を見ての作歌を、かく滝に竜が出現している背景に見立てた、雪姫の美人画。

参考文献 "The Hundred Poets Compared"

引用 ⅰ『〔古典聚英9〕浮世絵擬百人一首 豊国・国芳・広重画』


●この場面のあらすじ

雪舟の孫で女絵師の小雪こと雪姫は、好色な謀反人松永大膳に幽閉されて、金閣寺の天井に墨絵の竜を書けと言われる。雪舟より伝わる竜の絵手本となる倶利伽羅丸の名剣を証拠に、松永大膳が父雪村を闇討ちした敵だと知る。荒縄で桜の大木に縛られた雪姫は船岡山に引かれて行く夫狩野直信を助けたい一心で、祖父雪舟の故事に倣い桜の花びらを集めて足で鼠の絵を描くと白鼠が抜け出して縛り縄を食いきり雪姫は逃げ出すことに成功する。


●"The Hundred Poets Compared"によると絵のモデルにおいては、その「雪姫」を演じた歌舞伎役者である、初代岩井紫若によく似ているとの記述がある。そのことから、この絵が1845年の初代岩井紫若の死から着想を得た可能性を指摘している。

参考文献 "The Hundred Poets Compared"


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【考察】

この絵が『祇園祭礼信仰記』の歌舞伎から題材をとっていることは間違いないといえる。描かれている場面としては、『〔古典聚英9〕浮世絵擬百人一首 』や"The Hundred Poets Compared"でいわれているように、大膳が倶利伽羅丸を抜いて、滝に龍の姿を出現させ、雪姫がそのことから大膳が親の仇であることを知る場面で相違は無いものと思われる。

次に描かれている人物についてだが、"The Hundred Poets Compared"では、絵のモデルとなった人物を初代岩井紫若と指摘していたが、他の国芳の書いた紫若の雪姫の絵(上記画像005-0053・005-0064・100-5618参考)と比較したところ、今回の絵と顔立ちがそれほど似ているとは思われない。むしろ同じく国芳の書いた『美盾十二史 子 雪姫』(画像005-0763)の方がよく似ていると言えるのではないだろうか。しかし、画像005-0053の絵と比べてみたところ、左右逆ではあるが、うずくまった姿、立ち上る龍の姿などが今回の絵に良く似ている。つまり今回の小倉擬百人一首に使われた絵は、画像005-0053と画像005-0763両方に関連する可能性が極めて高いであろう。また、画像005-0053と画像005-0763に描かれている太刀の様相が同一のものであるように見受けられる。そのことも、上記の仮説の裏づけとなるだろう。なお、画像005-0053及び画像00-5618は、天保8年(1840年)7月に江戸の市村座で上演された、岩井紫若の雪姫をモデルにして書いたものであるが、画像005-0763は弘化年間(1844年)に描かれた物である。

次に公任の歌との関係だが、まず言えることは単純に「滝」にかけていることが言える。また、公任はこの歌を大覚寺で「絶えてしまったが今なお名声に残る滝」をはじめて見た時に詠んだと伝えられている。この歌と、雪姫の「今は奪われてしまったがこれまで遺言で聞いていた剣」との対面の場面を結びつけて描いたことは、極めて巧みな演出であると言えよう。

同時に、これは浄瑠璃の話になるのだが、ⅱ「正清直信雪姫が再び手に入くりから丸。かげをうつすや其奇特瀧は今より龍門の。名を万天に鳴響。」という文句が劇中出てくる。この「名を万天に鳴響。」の一節も、公任の歌と非常に合致していると言えるのではないだろうか。

また、柳下亭種員の文章だが、「抜バ玉ちる倶利伽羅丸ハ」の"玉"とは、すぐ次の文章に「岩角に当る滝に等く」とあることから、滝の飛沫と考えるのは不自然だと感じる。これは、何か劇中の演出に関するのか、それともⅲ「雨をおこすくりから龍」とあることから、雨粒を意味するのかは今のところ不明である。

いずれにしてもこの文章の面白いところは、雪姫に言及するのではなく、大膳を皮肉ったところにあるのではないかと感じる。


引用

ⅱ『豊竹座浄瑠璃集(三)』373―374項

ⅲ同上 366項




【全体の参考文献】

・『百人一首 秀歌選』日本の文学古典編27 久保田淳校注・訳 ほるぷ出版 昭和62年

・『百人一首必携 特装版』別冊国語文学(1982.12)改装 久保田淳編 学燈社 平成5年

・『名歌辞典』武田裕吉・土田知雄著 創拓社 平成2年

・『〔古典聚英9〕浮世絵擬百人一首 豊国・国芳・広重画』笠間書院 吉田幸一 平成14年

・"The Hundred Poets Compared" A Print Series by Kuniyoshi/Hiroshige/and Kunisada 2007,Henk J. Herwig/ Joshua S. Mostow,Hotei Publishing

・『新訂増補 歌舞伎人名辞典』野島寿三郎編 日外アソシエーツ 平成14年

・『新訂増補 歌舞伎事典』下中直人編 平凡社 平成12年

・『歌舞伎登場人物事典』古井戸秀夫編 白水社 平成18年

・『豊竹座浄瑠璃集(三)』叢書江戸文学37 山田和人校訂 平成7年 国書刊行会 

・『日本刀大百科事典〈全五巻〉 第二巻 かっ―さ』 福永酔剣著 雄山閣出版 平成5年

・『魁玉夜話(三)』中村歌右衛門著 「演劇書報 第27年第11号」小出治部太編 昭和8年 演劇書報社

・総合浮世絵検索システム http://www.arc.ritsumei.ac.jp/db/nishikie/index.htm

・在外日本美術データベース  http://www.nichibun.ac.jp/graphicversion/dbase/japan.html

・演劇博物館浮世絵閲覧システムhttp://enpaku.waseda.ac.jp/db/enpakunishik/search.php