「滝の音はたへてひさしくなりぬれど名こそながれて猶きこえけれ」

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たきのおとはたへてひさしくなりぬれどなこそながれてなほきこえけれ


この歌は『拾遺和歌集』巻第八、雑上、四四九番に「大覚寺に人々あまたまかりたりけるに、古き滝をよみ侍りける/右衛門督公任」として見え、さらに『千載和歌集』巻第十六、雑歌上、一〇三五番に「嵯峨の大覚寺にまかりて、これかれ歌よみ侍りける/前大納言公任」と、重複して採られている。 ただし、『拾遺集』では、初句を「滝の糸は」とする。『公任家集』では「滝の音は」とし、「糸ィ」と異文を傍記している。

「滝の糸は」の本文によれば、「たえて」は糸の縁語となる。「なりぬれど」の「なり」は「成り」の意だが、あるいは「鳴り」を響かせて、「滝(の音)」の縁語となるか。


長保元年(999年)九月十二日の藤原行成の日記『権記』によると、この日左大臣道長は「野望(郊外散策)」と称して、藤原誠信・同公任・源俊賢等を伴い、各自餌袋や破籠を調えて、まず大覚寺の滝殿、栖霞観を訪れ、次いで大堰河畔に到った。そして「処々尋紅葉」という歌を題し、「相府馬場」に帰って、また「初到滝殿」という題で右金吾(右衛門督)公任の詠じた歌がこの作であった。『権記』は初句を「滝音能」と伝える。


参考文献

『百人一首 秀歌選』日本の文学古典編27 久保田淳校注・訳 ほるぷ出版 昭和62年

『百人一首必携 特装版』別冊国語文学(1982.12)改装 久保田淳編 学燈社 平成5年